始めてのの就労準備
就労準備プログラムの初日。
ドアの前で、一度立ち止まる。
中から、人の声がする。
普段のショートケアより、少し多い気がする。
——入れるだろうか。
インターフォンを押すか、少しだけ迷う。
「高橋さん」
後ろから声をかけられて、振り返る。
マツムラさんだった。
「今日からですよね」
いつも通りの、軽い調子。
それだけで、少しだけ肩の力が抜ける。
「あ、はい」
マツムラさんも参加するのか。
ぎこちなく頷くと、マツムラさんが小さく手を振る。
つられて、私も少しだけ手を振る。
それだけのことなのに、不思議と安心する。
「行きましょうか」
その一言に背中を押されて、インターフォンを押した。
扉が開く。
「おはようございます」
出てきたのは、佐東さんだった。
「就労準備プログラムも担当してるんです」
部屋の中には、見慣れない顔がいくつもあった。
席も増えている。
でも、マツムラさんだけじゃなくて佐東さんもいる。
知っている顔があって少し安心する。
空いている椅子を探して、端の方に座る。
そして、私の隣にマツムラさん。
ざわざわとした空気の中で、背筋だけがやけに伸びる。
——ちゃんとしなきゃ。
その感覚が、戻ってくる。
「アイスブレイクから始めます」
佐東さんの声がする。
「名前と、近況を順番に話して下さい」
何を話してもいいらしい。
最近食べて美味しかったものでも、どこかに出かけた話でも、趣味のことでも。
自由だと言われると、逆に迷う。
何を言えばいいのか、分からなくなる。
順番が近づくにつれて、少しずつ心臓が速くなる。
考える。
何か、無難なこと。
浮かんでは消えていく言葉の中から、ひとつ選ぶ。
自分の番が来る。
短く、名前を言って、最近食べたコンビニスイーツのことをなんとか口にする。
うまく話せたかどうかは、よく分からない。
でも、誰も何も言わなかった。
それだけで、少しだけ息を吐く。
アイスブレイクが終わると、スタッフが続けた。
「では、始める前に約束事の確認をしますね」
ホワイトボードに書かれていく。
ひとつめ。
「誰かの話を遮ったり、否定しないこと」
ふたつめ。
「意見を言うときは手を挙げること」
みっつめ。
「話したくないときは、パスや見学を申し出ていいこと」
その言葉を聞いて、少しだけ顔を上げる。
——話さなくてもいい。
その選択肢が、ちゃんとある。
胸の奥の緊張が、ほんの少しだけ緩む。
同時に思う。
——でも、できればちゃんとやりたい。
矛盾した気持ちが、静かに混ざる。
隣を見ると、マツムラさんが軽く頷いた。
大丈夫、みたいに。
その仕草に、また少しだけ安心する。
完全に慣れることは、まだできない。
でも、ここにいてもいいのかもしれないと、ほんの少しだけ思えた。




