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ライフコース  作者: 只野 唯
ショートケア編

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次に進むために


次の診察の日。

待合室の椅子に座りながら、私はいつもと少し違う感覚を持っていた。

落ち着かないのは同じ。

でも、理由が少し違う。

これまでは、何を聞かれるかとか、どう答えればいいかとか、そんなことばかり考えていた。

今日は、話したいことがある。

それが、少しだけ怖い。

でも、逃げたくないとも思っている。

名前を呼ばれて、立ち上がる。

診察室に入ると、いつも通りの空気があった。

「こんにちは」

主治医が軽く頷く。

「こんにちは」

椅子に座る。

少しだけ、間が空く。

「最近はどうですか」

いつもの質問。

私は、少しだけ考えてから口を開いた。

「……大きくは、変わらないです」

それは、本当だった。

眠れているし、ショートケアにも通えている。

でも。

「ただ……」

そこで言葉が止まる。

何から話せばいいのか分からない。

スズムラさんのこと。

断ったこと。

そのあとの気持ち。

全部、繋がっている。

でも、今日は。

そこじゃない。

少しだけ息を吸う。

「このままじゃ、いけないなって思ってます」

言った瞬間、自分でも少し驚く。

こんなふうに、はっきり言葉にしたのは初めてだった。

主治医は、静かにこちらを見る。

急かさない視線。

私は続ける。

「今、生活はできてるんですけど」

「それだけで……」

言葉を探す。

「……何も進んでない感じがして」

うまく言えているか分からない。

でも、止めない。

「このまま、ずっとこうだったらどうしようって思って」

胸の奥にあったものが、少しずつ外に出てくる。

「何か……始めたほうがいいのかなって」

言い終わると、少しだけ息が乱れていることに気づく。

主治医は、少しだけ頷いた。

「いい気づきだと思います」

その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。

「回復してくると、“その先”を考えられるようになるんですよね」

その先。

その言葉が、少しだけ現実味を帯びる。

「何か始めたい、という気持ちはありますか」

問われて、少し考える。

具体的なものは、まだない。

でも。

「……社会に戻りたい、とは思います」

小さく、でもはっきりと言う。

怖い。

でも、それが本音だった。

主治医は、もう一度頷く。

「それなら、ちょうどいいかもしれません」

少しだけ、前に体を乗り出す。

「ショートケアの中に、就労準備のプログラムがあるんです」

その言葉に、少し驚く。

「就労……ですか」

「はい。いきなり働くのではなくて、段階的に準備していくものです」

ゆっくりと説明が続く。

「生活リズムの安定だったり、簡単な作業だったり、人との関わり方だったり」

「少しずつ、社会復帰に向けて慣れていくプログラムですね」

頭の中で、その光景を想像する。

今の自分にできるのか。

不安が、すぐに浮かぶ。

でも。

それと同時に、少しだけ別の感覚もある。

——進む、という感覚。

今までなかったもの。

「もちろん、無理に始める必要はありません」

主治医が続ける。

「見学だけでもいいですし、興味があれば参加してみる、くらいで大丈夫です」

逃げ道がある。

そのことに、少し安心する。

私は、少しだけ考える。

怖い。

でも。

このまま、何も変わらないほうが、もっと怖い。

「……見てみたいです」

気づくと、そう言っていた。

主治医は、穏やかに頷く。

「では、ショートケアのスタッフにも共有しておきますね」

「詳しい説明は、そちらで受けられると思います」

話が、具体的になる。

現実味が、少しずつ増していく。

診察が終わって、部屋を出る。

いつもの廊下。

いつもの待合室。

でも、少しだけ見え方が違う気がする。

何かが大きく変わったわけじゃない。

まだ、不安はある。

自信もない。

でも。

ほんの少しだけ。

前に進む方向が、見えた気がした。

私は、そのままゆっくりと歩き出した。

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