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ライフコース  作者: 只野 唯
ショートケア編

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それは、私の役目じゃない


家に帰ると、部屋はいつも通りだった。

靴を脱いで、カバンを置く。

電気をつける。

それだけの動作なのに、少しだけ時間がかかる。

さっきのことが、頭から離れない。

「ひどいですね」

「分かってくれないんですね」

その言葉が、何度も繰り返される。

胸の奥が、重い。

私はそのままベッドに座り込んだ。

スマートフォンは、カバンの中に入れたままにしている。

見たくない。

でも、見なきゃいけない気もする。

あのあと、何か来ているかもしれない。

謝ったほうがいいのかもしれない。

そう思うたびに、体が固まる。

動けない。

しばらくそのまま座っていた。

時間がどれくらい経ったのか分からない。

気づくと、部屋が少し暗くなっていた。

カーテンを閉めていなかった窓から、夕方の光が細く差し込んでいる。

ぼんやりと、それを見ている。

そのとき、ふと思う。

——どうして、こんなに苦しいんだろう。

断っただけなのに。

自分がしんどいって言っただけなのに。

それだけのことなのに、どうしてこんなに罪悪感があるんだろう。

ゆっくり、考える。

頭の中を、ひとつひとつ辿る。

スズムラさんのメッセージ。

長い話。

最後に必ずついてくる問い。

「どうしたらいいと思いますか?」

私は、それに答えようとしていた。

毎回。

ちゃんと考えて、ちゃんと返そうとしていた。

正解を出さなきゃいけないみたいに。

でも。

私は、スズムラさんの人生を生きているわけじゃない。

過去も、痛みも、全部は知らない。

それなのに。

どうして、答えを出さなきゃいけないと思っていたんだろう。

どうして、背負わなきゃいけないと思っていたんだろう。

胸の奥に、違和感が広がる。

私は、ゆっくり息を吐いた。

——背負っていた。

その言葉が、しっくりくる。

相手の気持ち。

相手の過去。

相手の揺れ。

全部、自分のものみたいに受け取っていた。

だから、苦しかった。

だから、離れようとしたときに、こんなに罪悪感がある。

でも。

それって、本当は。

私の役目じゃない。

そのことに、ようやく気づく。

遅かったのかもしれない。

でも、今、気づいた。

静かに、そう思う。

ベッドの上で、少しだけ体の力が抜ける。

同時に、別のことに気づく。

——じゃあ、私は何をしていたんだろう。

ここ最近の時間を思い返す。

スマートフォンを見て。

返信を考えて。

言葉を探して。

送って。

また届いて。

また考えて。

それを、繰り返していた。

その時間で、私は何をしていただろう。

何もしていない。

何も、進んでいない。

ただ、止まっていた。

その事実が、じわっと広がる。

怖い、と思う。

このまま、ずっとこうだったらどうしよう。

誰かの話を聞いて、

誰かの気持ちを背負って、

自分のことは後回しにして。

気づいたら、何も残っていなかったら。

胸の奥が、ひやっとする。

私は、ゆっくりと起き上がった。

部屋の中を見渡す。

変わらない風景。

でも、自分の中は、少しだけ変わっている気がする。

——自分の人生。

その言葉が、浮かぶ。

今まで、あまり考えなかった。

流れに任せて、なんとなく過ごしてきた。

でも。

このままじゃ、いけない。

はっきりと、そう思う。

何をすればいいのかは、まだ分からない。

でも。

このまま、誰かの感情に振り回されているだけの時間は、もう続けたくない。

私は、カバンからスマートフォンを取り出した。

少しだけ、手が止まる。

それから、画面を開く。

通知は来ていなかった。

それを見て、少しだけ安心する自分がいる。

でも、同時に思う。

——これに、振り回されるのはやめよう。

すぐに何かできるわけじゃない。

強くなれたわけでもない。

きっと、また揺れる。

でも。

さっきとは違う。

ほんの少しだけ。

自分のほうを向けている気がした。

私はスマートフォンをテーブルに置いた。

そして、ゆっくりとカーテンを閉めた。

部屋の中が、少しだけ落ち着いた暗さになる。

その中で、私は静かに息を吐いた。

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