断る
スマートフォンの画面を見る。
やっぱりスズムラさんから連絡から来ていた。
開く前から、内容が分かる気がする。
それでも、見ないわけにはいかなくて、指でタップする。
長文。
スクロールして、最後まで見る。
「どうしたらいいと思いますか?」
いつもの一文。
見慣れているはずなのに、胸の奥がきゅっとなる。
返さなきゃ。
そう思う。
でも同時に、別の言葉が浮かぶ。
——境界線を引くことは、冷たさではありません。
佐藤さんの声。
頭の中で、ゆっくり繰り返される。
私は、画面を見たまま固まる。
何を返せばいいのか分からない。
いつもみたいに、言葉を探そうとする。
辛かったですね。
大変でしたね。
でも、その言葉を打とうとした指が、止まる。
それを送ったら、また同じことが繰り返される。
分かっている。
分かっているのに、やめられなかった。
でも。
今日は、少しだけ違う。
画面の上で、指が迷う。
文字を打っては消して、また打って。
「すみません」
消す。
「ごめんなさい」
消す。
違う。
謝ることなのか、分からない。
息が浅くなる。
指先が少し冷たい。
でも、打つ。
ゆっくり。
一文字ずつ。
「すみません、今は余裕がなくて」
そこで一度止まる。
本当に送っていいのか。
これで、嫌われるかもしれない。
冷たいと思われるかもしれない。
頭の中に、いくつもの可能性が浮かぶ。
でも。
「返信できないかもしれません」
最後まで打つ。
画面を見つめる。
送信ボタンが、やけに遠く感じる。
押したら、戻れない気がする。
今までと同じ自分ではいられなくなる気がする。
でも。
このままでも、苦しい。
私は、息を止めて、ボタンを押した。
送信。
画面が切り替わる。
それだけのことなのに、体がじんと熱くなる。
やってしまった、と思う。
同時に、少しだけ軽くなる。
でもすぐに、不安が追いつく。
どう思われただろう。
怒るかもしれない。
もう話しかけてこないかもしれない。
それとも、もっと強く言ってくるかもしれない。
スマートフォンを握ったまま、動けない。
数秒。
もっと長かった気もする。
既読がつく。
心臓が、どくんと鳴る。
やっぱり、見られた。
逃げられない。
少しして、返信が来る。
開くのが怖い。
でも、見ないわけにもいかない。
指が、少し震える。
タップする。
「そうなんですね。冷たいですね」
その一文だけ。
短い。
でも、重い。
胸の奥に、ずしんと落ちる。
やっぱり。
そう思われるんだ。
間違っていたのかもしれない。
あんな言い方、しなければよかったかもしれない。
もっと優しく、もっとちゃんとした言葉で返せばよかったのかもしれない。
謝ろうか。
やっぱり返信しますって言おうか。
頭の中で、いくつも選択肢が浮かぶ。
スマートフォンの画面を見つめたまま、動けない。
でも。
そのとき、もう一つの言葉が浮かぶ。
——自分を守るために必要なことです。
佐藤さんの声。
小さく、でもはっきりと。
私は、ゆっくり息を吐く。
画面を閉じる。
指が、少しだけ震えている。
罪悪感が、じわじわ広がる。
胸が重い。
でも。
それだけじゃない。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけだけど。
何かを守れた気がした。
それが何なのか、まだうまく言えないけれど。
私は、スマートフォンを伏せて置いた。
そのまま、しばらく動けなかった。




