踏み込まない優しさ
マツムラさんと、駅前のチェーンのカフェに入る。
さっきまでの緊張が、まだ少しだけ体に残っている。
でも、店内の明るさと人のざわめきに紛れて、だんだんと薄れていく。
席に座って、コーヒーを頼む。
特別な話はしなかった。
天気のこと。
最近見たテレビのこと。
ショートケアのプログラムのこと。
なんてことない会話。
でも、その“なんてことない”が、心地よかった。
無理に言葉を探さなくていい。
黙っていても気まずくならない。
時間が、ゆっくり流れている気がした。
話の流れで、ふと聞いた。
「マツムラさんって、お仕事されてるんですか?」
マツムラさんは少しだけ笑って、首を振る。
「いや、大学生なんです」
一瞬、言葉が止まる。
「え?」
思わず、聞き返してしまう。
同年代だと思っていた。
それか、少し年上くらい。
でも、大学生。
「老け顔なんですよ」
マツムラさんは、いつも通りの軽い調子で笑った。
その笑い方が、どこか無理していない感じで、少し安心する。
「休学中なんですけど」
マツムラさんは、少しだけ間を置いてからそう言った。
軽い調子に聞こえたけれど、
その言葉の奥に、少しだけ重さがある気がした。
——ああ、そうか。
ショートケアに通っているんだから、
何もないわけがない。
私と同じように、
ここに来る理由がある。
何があったんだろう。
大学で何かあったのか。
人間関係か、体調か。
それとも、全然違う理由なのか。
聞いていいのか、一瞬迷う。
聞けば、答えてくれるかもしれない。
でも、それは本当に聞いていいことなのか。
知りたい、と思う気持ちと、
踏み込んではいけない気がする気持ちが、
同時に浮かぶ。
少しだけ間が空く。
私は、その間を埋めるように言った。
「そうなんですね」
それ以上は、何も言わなかった。
マツムラさんも、それ以上は何も言わなかった。
でも、その沈黙は、気まずくなかった。
無理に踏み込まないことが、
ちゃんと守られている感じがした。




