いない日の安堵
ショートケアに入ると、まず室内を見渡した。
——いない。
スズムラさんの姿はなかった。
その事実に気づいた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、すっと抜ける。
「……よかった」
思わず、小さく息を吐いた。
そのとき。
「高橋さん」
名前を呼ばれて、肩がびくっと揺れる。
振り返ると、マツムラさんが立っていた。
「こんにちは」
いつも通りの、柔らかい笑顔。
その一言だけで、さっきまで張りつめていたものが少し緩む。
「こんにちは」
私も、なんとか返す。
それから、席に座って。
他の人たちも集まってきて。
天気の話。
テレビの話。
本当に、何でもない話をしながら時間が過ぎていく。
——ああ、よかった。
そう思う。
ちゃんと来られた。
ちゃんと座っていられる。
普通に過ごせている。
でも。
同時に、別の考えが頭をよぎる。
——次は?
今日はいなかっただけ。
また来るかもしれない。
そのとき、私は大丈夫だろうか。
そう思った瞬間、さっき引いたはずの不安が、じわっと戻ってくる。
「今日、元気ないです?」
マツムラさんの声に、はっとして顔を上げた。
見透かされたような気がした。
「え……」
あるとも言えない。
ないとも言えない。
言葉が曖昧なまま、口の中で止まる。
少しの沈黙。
マツムラさんは、少しだけ様子を見てから、静かに言った。
「もしかして、スズムラさん関連ですか?」
その名前が出た瞬間、心臓が一度、大きく跳ねた。
どうして分かったんだろう。
驚いて、何も言えなくなる。
ただ、マツムラさんの方を見たまま、固まっていた。




