濁流のカミングアウト
ある日、スズムラさんにお茶に誘われた。
「ちょっと時間あります?」
そう聞かれて、気づいたら私は頷いていた。
お誘い、という形だったけれど。
気づけば私は、スズムラさんの後ろを歩いていた。
案内されたのは、駅前の細い路地にある喫茶店だった。
木の扉に小さな真鍮の取っ手。
中は薄暗くて、クラシックが静かに流れている。
ショートケアの帰り道に立ち寄るには、少しお洒落すぎる気がした。
席に着くと、スズムラさんは慣れた様子でコーヒーを注文した。
私はよく分からないまま、同じものを頼んだ。
少し沈黙が流れて。
スズムラさんが、ふっと笑った。
「僕、ゲイなんです」
私は、何も言えなかった。
そういう人に出会ったことがなかった。
少なくとも、面と向かってそう言われたことはない。
どう反応すればいいのか、分からない。
驚いた顔をしてはいけない気がする。
でも、普通にするのも難しい。
私が言葉を探しているうちに、
スズムラさんはそのまま話し始めた。
「子どもの頃、性的被害にあって」
私は思わず顔を上げた。
「それで、自分が変なんじゃないかってずっと思ってて」
スズムラさんは、コーヒーカップを指で回している。
「友達にゲイバレして、いじめられて」
言葉が途切れない。
「あと、既婚男性と関係持っちゃったこともあって」
情報が、濁流みたいに押し寄せる。
私は、何も言えなかった。
同情すればいいのか。
否定すればいいのか。
ただ聞けばいいのか。
どれも違う気がして。
私の中で、言葉は全部立ち止まってしまった。
だから私は、ただ黙って座っていた。




