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戦場のTS 女体化男子は本物の母親になれるのか

A国とB国が戦争をはじめてはや5年になる。世界の目から隠された小国同士の対立であり、大国の裏で操られる形で、彼らの代理戦争の舞台と化していた。両国は同じ民族でありながら、分断され、兄弟のように互いを見つめ合う状態であった。


この俺も昼間はプラスチックパレット工場に勤めつつ、夜はハードボイルド小説を執筆する気楽な生活を送っていた。ヘミングウェイの小説が本棚を彩る。ピューリッツァー賞を受賞するのを夢見ていた。


しかし、その平穏は一夜にして打ち砕かれる。突然の徴兵通知が俺の人生の軌道を変え、硝煙の立ち込める最前線へと送り出されたのだ。静かな夜に物語を綴る日々から、銃声と爆発が絶えない戦場へと。この全てが、後の私小説の糧となるだろうと、何とか自らを慰めていた。


戦線は拡大し、俺の実家があるC村も戦地になっていた。奇しくも俺はC村に取り残された民間人の救出にあたることになった。


小隊長が地図を取り出し、救出対象がいる家を指図する。確か、この家は、俺の幼馴染の……。


いや、そんなことは助けてからの話だ。


突入役に任命された俺は、重い軍靴を響かせながら、その家へと進んだ。ドアに手をかけるが、鍵が掛かっていた。少しの躊躇の後、俺はサービスピストルを取り出し、ドアノブに向けて引き金を引いた。木片が飛び散る中、強引にその閾を踏み越えた。


薄暗がりの家の一室に足を踏み入れると、ほのかに灯るキャンドルの光が弱々しく揺れていた。部屋の隅には、衣服にほこりをまとった30歳ほどの女が座り込んでおり、その膝元で8歳くらいの男の子が身を硬くしていた。その瞳は大きな恐怖で潤んでいるが、その表情には子どもながらにして勇敢さが宿っていた。そして、彼らの隣には、小さなベビーベッドに包まれた赤ん坊、資料が正しければ生後8か月の女児が静かに眠っている様子が見えた。


母親の腕はふるえており、空気は緊張でぎすぎすとしていた。男の子が一歩前に出て、小さな体を張りながら声を荒げた。


「来るなっ! 母さんは絶対に傷つけさせないっ!」


その声には、未熟ながらも強い決意が感じられた。母親は急いでその場を抑えようと手を伸ばし、子どもの肩を優しく掴んで落ち着かせようとした。


「無茶しちゃいけません! ほら、B国の兵士さんよ。私たちを助けに……はっ!」


その言葉の途中で、彼女の目が急に広がり、一瞬にして俺の存在を理解したようだ。


部屋には重苦しい空気が流れたが、彼女の表情は複雑な感情に包まれていた。


「ベイズ……」


たが、その中には懐かしさと驚きが混じり合っていた。


俺は冷静に答えた。


「男のくせして一丁前に、母親になりきっているじゃねぇか」


部屋に足を踏み入れると、目の前にはかつてのジョン……いや、今はマリナと名乗る女が立っていた。


ジョンは10年前まで男だった。神様のいたずらか、男と女の体が入れ替わる呪いを受け、マリナはジョン、ジョンはマリナの人格になった。


だが、世界中で80万人に1組の割合で同じ現象が起こっているという報道が流れると、一気に現実として受け入れられるようになった。


その頃、俺はマリナを愛していた。彼女に恋焦がれ、大人になったら告白すると決めていた。それがすべて白紙になったのだ。入れ替わりのせいで、夢は一瞬で消え失せた。


マリナになったジョンは、男と結婚し、子どもを2人も産んだ。男の心を持っているのに出産しただと? 笑わせてくれる。そんな奴を村がどう見るかは火を見るよりも明らかだった。村人たちは鼻をつまむようにこいつを避け、こいつの家族も孤独に追いやられていった。


もっとも、今となってはそんな村の評判など無意味に等しい。戦争で村の男たちの大半が戦死した今となっては、生き残った者たちが、この家族をどう扱おうともはや関係ないこと。


そして、俺の胸にはどこか冷めた思いだけが残っていた。「愛していた」なんて過去の話だ。今のマリナに、そんな感情を抱く余地などない。


「ジョン……」


俺が口にしたその名前に、目の前の彼女の眉がわずかに動く。


「マリナと呼んで……」


低く、しかし決然とした声が返ってきた。その響きに苛立ちがこみ上げる。


「癪に障る!」


俺の声が少し大きくなった。自分でも抑えきれなかった。


「俺が彼女を愛していたのを知って、その名を呼ばせているのか!」


彼女の顔に浮かぶ一瞬の悲痛な表情が、かえって俺の感情を煽る。


「ごめんなさい……。そうだったの。あなたの気持ちも知らないで……」


彼女の声はか細く震えていたが、それが逆に俺には嘘くさく響いた。今さら謝られたところで、何が変わるというのか。過去は戻らない。それを一番分かっているのは俺だ。


「まあいい」


俺は吐き捨てるように言った。気持ちを押し殺し、状況を優先する。


「ジョン、ここは危険だ。非武装地帯まで逃げるぞ」


言葉に力を込め、俺は手を差し出した。


彼女がためらいがちに差し出した手が、俺の手のひらに触れる。その瞬間、ひんやりとした感触が伝わってきた。その冷たさに、一瞬、彼女の体が生きていることを実感する。皮肉なことだが、その感触が、俺の心臓を少しだけ早く鼓動させた。


「やい! 赤くなってんじゃねぇぞ! 兵隊!」


突然の怒声が狭い部屋に響き渡った。ガキが涙を浮かべながら拳を握りしめ、こちらを睨みつけている。


「父さんが生きていたらお前なんか! お前なんかなあ!」


言葉が詰まり、やがて抑えきれない嗚咽が溢れ出す。


「ぐずっ……びええええええええん!」


その声は鋭く、部屋中にこだまして耳に刺さるようだった。


ジョンはすぐさま膝をついて、男の子の背中に手を回した。その仕草には、母親らしさともいえる落ち着きがあった。


「大丈夫よ。お父さんは私たちの心の中で生きているから。ね?」


柔らかい声で囁くように言い、男の子の涙を拭いながら、彼の頭を軽く撫でた。


俺はその光景を冷ややかに見下ろしていた。心の中に渦巻く苛立ちは抑えきれない。


「母親面して、家族ごっこか?」


つい心の中で毒づいてしまう。男が女になり、子どもたちを抱きしめているその姿は、俺の目には滑稽極まりなく映った。


「ままごとか? ロールプレイングゲームか?」


俺の頭の中には次々と皮肉めいた言葉が浮かんでは消えていく。


いまいましい。男らしさを勲章としている俺様からすれば、こんな虫唾が走る光景はない。俺は深く息を吐き、目の前の光景をただ見つめていた。


俺は即座に仲間たちにサインを送った。すると、仲間の一人が旗を掲げ、はっきりとした警告を示した。


旗の動きが、戦場の緊張感をさらに高める。俺の視力の良さはこの瞬間に役立った。遠くの地形や動きも、他の者より明確に見える。


そして、聞こえてきた。


ガガガガガガッ!


機関銃の音が空気を切り裂き、大地を揺らす。遠くの影が動き、敵が襲撃を仕掛けてきたことを示していた。仲間たちもすぐさま銃を構え、反撃の弾幕を張る。こちらの応射で周囲の空気がさらに厚くなるようだった。俺は冷静を装いながらも、心の奥では焦燥感がじわじわと広がるのを感じていた。


目の前にいる母子3人、ジョンとその子どもたちは、震える手で互いを抱き合っている。こんなやつら、見捨ててしまえばいい。そんな考えがかすかによぎった。だが、俺も人の子だ。鬼にはなりきれない。


「待て!」


俺は声を張り上げ、彼らの動きを制した。


「今は飛び出すな!」


ジョンは俺の言葉に頷き、子どもたちを引き寄せてしゃがみ込む。その小さな肩が震えているのが見えた。


「俺が『走れ!』と言ったら走るんだ!」


俺の声は大きく、はっきりとしていた。ガキは怯えた目で俺を見上げたが、その中にはかすかな信頼の色も見えた。ジョンも、言葉を飲み込み、静かに頷いた。


旗は赤色のまま、時間がじりじりと過ぎていく。5分だ。それだけのはずだが、今の俺にとっては5時間、いや、それ以上にも感じられる。遠くから聞こえる断続的な銃声と、張り詰めた空気が神経をすり減らす。頭の中は次の動きの計算でいっぱいだが、この沈黙の中、ふと気を紛らわせたくなった。


俺は目の前の坊主に低い声で話しかけた。


「なあ、坊主」


彼はビクリと肩を震わせて俺を睨んできたが、その目は怯えてはいなかった。むしろ、俺を見返す小さな反抗心が宿っていた。


「なんだよ」


短い返事。だが、その語尾には力がこもっていた。


「お前、母さんのことが好きか?」


俺が問いかけると、坊主は一瞬だけ口を閉ざした。しかしすぐにその表情が変わり、真っ直ぐな瞳で言葉を返してきた。


「あったりまえだろ!」


声は張り詰めていて、どこか苛立ちも混ざっている。


「おいしい料理作ってくれるし! 手編みのセーター作ってくれるし! それに! それに!」


俺はその勢いを冷静に遮った。


「正体が男だってこと、知ってるのか?」


その一言は、彼の心に刺さったようだった。坊主の顔がみるみるうちに紅潮し、拳を握りしめてこちらに向き直る。


「それがなんだってんだ!」


声を震わせながらも、彼の言葉には決意がこもっていた。


「俺にとっては最高の母さんなんだ! この村の誰よりも女らしい、素敵な母さんなんだ! バカにすると……バカにするとぶっ飛ばすぞ!」


彼の言葉に俺は返すこともなく、ただ無言で彼を見下ろした。その小さな体が、恐怖を振り払うように震えているのが分かる。


「そうか……」


短く答えた後、俺は帽子を深く被り直した。遠くでまた銃声が鳴り響き、地面が微かに揺れる。


しばらくすると、機関銃の音がピタリと止んだ。周囲を覆っていた緊張感が、一瞬だけ静寂に変わる。その静けさは、戦場では常に不気味だ。敵が撤退したのか、それとも新たな動きを企んでいるのか、判断がつかない。


俺は素早く周囲を確認した。味方に死人は出ているようには見えない。地面に伏せている仲間たちが、こちらを見てうなずいているのが見えた。生きている――それだけで十分だ。


ふと遠くの仲間に視線を向けると、白い旗が揺れるのが目に入った。それは「行け」の合図だ。次の行動に移るべき時が来た。


「走れ!」


俺は声を張り上げた。その声が冷えた空気を切り裂き、周囲に響く。


赤ん坊を抱えた俺、ジョン、そしてガキの3人は、自陣に向かって一斉に走り出した。足元の地面は固く、転倒しないよう全神経を集中させる。砲弾の破片や散乱した瓦礫を踏み越えながら、全力で駆け抜ける。


マリナの体つきが鈍重なのは一目で分かった。子どもを産んだ女の体は、戦場の緊張に適応するには明らかに無理があるのだろう。彼女の足取りは重く、息遣いがすぐに荒くなるのが分かる。


だが、俺は速度を落とさずにいられなかった。ジョンが遅れるわけにはいかない。俺は無言でペースを合わせた。後ろのガキが小さな体を必死に動かしながら追いすがる。


その瞬間、背筋を刺すような強い視線と冷たい殺意が俺を貫いた。どこだ。どこからだ。味方の視線なら良いが、もし敵のものなら――悪い予感が頭をよぎる。直感が全身を緊張させ、心臓が激しく脈打つ。


「危ない!」


マリナの声の叫びが耳に届いた瞬間、乾いた銃声が響いた。


パァン!


それは機関銃の重々しい音ではなく、ピストルの軽く鋭い音だ。その音に反応して俺は横を見た。


視線の先には、ジョンが立ちふさがっていた。その姿に目が釘付けになる。ジョンは身を挺して俺を、いや、俺が抱えている赤ん坊を庇っていたのだ。その表情には迷いがなく、鋭い決意が宿っていた。


パァン!


再び銃声が響き、俺は即座に音の方向に目を向けた。そこには敵国の迷彩服を着た男が、ピストルを構えたままこちらを睨んでいた。銃口がまっすぐこちらを狙っている。


「この野郎!」


俺は本能のまま腰のホルスターからピストルを引き抜き、相手に向けて引き金を引いた。


バァン!


弾は男の帽子を撃ち抜き、その帽子が宙を舞った。だが、狙いは脳天を外れている。男はしばらく立ち尽くし、事態を飲み込めていないようだった。


「ひいっ!」


急に我に返った男は、銃を放り出すようにして戦意を失い、転げるようにして逃げ出していった。


俺はその背中をじっと見つめたが、無理に追う気にはならなかった。追撃は必要ない。深追いするリスクを冒すより、今は赤ん坊と母子を守ることが優先だ。


「大丈夫か!」


俺はジョンの肩をつかみ、顔をのぞき込んだ。その視線が胸元へと移ると、鮮やかな赤い血が滲み出し、服を濡らしていた。銃弾が深く肉を裂いたのだろう。その量と流れ方から、命に関わる傷だということは、医学の知識がなくとも直感的に分かった。


「くそっ!」


俺は息を切らしながら応急処置を考えたが、この場でできることなど限られている。止血用の布すら十分にない。自分の無力さに歯噛みしながら、ジョンを支え続けた。


「ねえ……ベイズ……」


弱々しい声が耳に届いた。俺は目を戻し、その表情を見つめた。血の気が引いた顔に、微かに微笑みが浮かんでいる。


「なんだよ、マリナ……」


俺の声も思わず震える。彼女の目は俺をじっと見つめていた。その瞳の奥にある何かが、俺の胸を締め付ける。


「うふふ……マリナって呼んでくれて、うれしい……」


その声はまるで遠くから聞こえてくるように弱かった。それでも彼女の言葉は、冷え切った戦場の空気に溶けることなく、俺の耳に確実に届いた。


「私……あの子たちの母親になれていたかしら……」


「くそがっ!」


俺は歯を食いしばり、声を張り上げた。震える手で彼女を支えながら、言葉を叩きつけるように叫ぶ。


「遺言みてぇなことぬかすんじゃねぇ! なんとしてでもこの戦場を生き抜くんだよ! 子どもたちのために! 父親として!」


彼女の表情が一瞬だけ驚きに変わる。俺はその顔をじっと見据えた。彼女、マリナは立派な母親を演じていた。だが、俺は女だと認めるつもりはなかった。少なくとも、今は絶対に。認めたらどうなるか分かっている。彼女はきっと安らかな顔でこの世を去ろうとするだろう。それだけは絶対にさせない。


「生きろ!」


俺の声は戦場の喧騒をもかき消す勢いだった。彼女の目が揺れる。俺の言葉が届いたのか、届いていないのか、それでも俺は止まらなかった。


「そうすれば、母親だと、そして女だと認めてやる!」


彼女の肩を強くつかみ、血まみれの服ごと引き寄せた。彼女の体温が伝わる。まだ生きている、その事実が俺を突き動かす。


「だから、走るんだ!」


赤ん坊の泣き声が遠くの銃声に混じり響いていた。ガキの小さな足音が砂と泥を蹴る音が続く。俺は彼女の腕を支えながら、一歩一歩その場を駆け抜けた。


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