95_エピローグ②_寝ちゃいけない時間だけど眠くなってきた
イリスのスピーチが終わり、ホテル開業のパーティが始まった。
貴族の仕事の一つは、沢山の人間と会うことだ。
挨拶をし、いい感じの世間話をしつつ、うまいこと本題を切り出す。
まだそうすべきでないと判断したら下がりつつ、それでも相手との関係を切らさないように話題を繋ぐ。
そうして家にとって有利に話を運べるように人脈を作っていくのだ。
みんな思い思いに歓談しているが、やはりホテル開業を率先して行った者――つまり、私に注目が集まっているらしい。
先程から、かわるがわる人が訪れてはホテルやギルドについて質問してくる。
イリスやリンハイル、カミラ――私を知っている人は、遠くの場所で参加者たちと話している。
このような場所で矢面に立つのは初めてだ。
寝具店の運営については、マーシーや彼が教育してくれたメンバーが主に対応してくれた。
だが、今日は彼らは別の用事があるためにここにはいないのだ。
私が暫くギルドの仕事を抑えていたのもあり、マーシーはそれをカバーするべく働いてくれている。
故に、ホテルの方は私が率先して対応する必要があった。
それに関しては納得している。
が――当日にやってみるまでわからないことというのは、ある。
こうして人前で対応することになって、私は思い出した。
知らない沢山の人間と会うのは、嫌いとまではいかないけれど、好きではないということを……。
(どうしよう。この空間から外に出たくなってきたわ……)
私は客たちの前でニコニコと笑顔を作りながら、そんなことを考える。
正確にいえば、人と会って話すことそのものが嫌という訳ではないのだ。
でも、『知らない相手と沢山話すこと』はそこまで得意ではない。気心が知れていない相手と話すのは相応に緊張するから。
そして、今日はホテル開業セレモニーのための緊張状態が続いたからだろうか。
今現在の私は――眠くなってきていた。
(遠くの地方とか慣れない環境に行くとどっと疲れて睡眠時間が増えることがあるけど、今も同じ現象が起きているわ……。私、今まで貴族の式典やパーティにきちんと出たことがなかった。今日の日の前に一応予習したけど、慣れてる訳じゃない。だからこんなに疲れてるんだ……)
苦手なことであっても必要であればやり遂げたい。が、眠いときは別である。
眠いときにやりたいことは『寝ること』一択である。
だが、それを叶えられない場面もある。
人の集まるパーティのような場だと、マナーが存在する。
【相手と話しているときに眠そうにしてはいけない】、【あくびをするなど退屈そうにするのは失礼】だとか、そういうものだ。
この世界は、昔に比べて睡眠に対する見方が随分と向上した。
それでも、この手のマナーは滅びることはないだろう。
今の私は、眠い。
それなのに、眠ることが出来ない。
何故ならば、ホストだから。
人をもてなさなければいけない立場だから。
ニコニコと笑みを浮かべつつ、私は心の中で考える。
(眠いわ)
(目を閉じたいわ)
(口も閉じたいわ)
(会話って大変だわ。他の人の言葉を理解した上で私も返さないといけないものね)
(頭を使うごとに目が覚めるような気もするし、疲れでより眠くなるような気もする)
(この人とのお話が終わっても、まだまだ私と話したがる人は沢山いるみたい。後ろに沢山人がいる……)
(でも、疲れてるところを見せたらダメよね)
(上がり調子にはなってきたけど、まだまだ世の中に睡眠グッズが定着したとまではいえない。そんな中で開発者が疲れている様子を見せたら、『やっぱり寝過ぎるのは駄目なんだ』って印象になりかねない)
(私よりもずっと年下のイリスはスピーチをやり遂げたのよ。私がこんな早くへばっててどうするの)
(頑張らなきゃ。睡眠を認めて貰うために、みんなのために)
(私が……)
「――ネージュ!」
名前を呼ばれた。
喧噪の中で少し気が遠くなっていたが、その声に私は振り返る。
「アロイス様……?」
「待たせたな。あちらのテーブルのお酒を見ていかないかい? 私の好きな銘柄があるんだ」
そう言って、アロイスは私を連れ出した。
私に話し掛けたさそうな素振りをしている参加者が何人かいたけど、アロイスに連れ出されたのを見て諦めたのか、彼らは他の人間の方へ向かっていく。
アロイスが私を周りから隠すように、会場の隅のテーブルに連れてきて、そしてワイングラスの一つを手に取った。
ここは人が少ない。小声で話せば辺りには会話が聞こえないだろう。
他の参加者と同様、彼はセレモニー用の服装を身に着けていた。家にいる間もかっちりとした格好をすることが多かったが、髪を上げてフォーマルな服に身を包んだアロイスは、一層目を惹く容姿になっている。
だが、私にはそれ以上に彼に聞きたいことがあった。
「アロイス様、どうしてここにいるのですか? 今日は他の用事があったのでは……」
アロイスはじきに領地開拓先に戻るが、まだローハイム家に留まっていた。
そして、暫くは滞っていた諸々の作業を終わらせるために尽力するのだと言っていた……ような。
私は最近はホテルのセレモニーの準備を進めるために距離が近い王都の部屋に泊まることが多く、ローハイム家には戻っていなかった。だから彼の現在の暮らしぶりについて細かいことは把握出来ていないが。
アロイスは、耳を屈めて私の耳元に口を寄せ、小声で答えた。
「用事が早めに終わったから、急遽君の様子を見に来ようと思ったんだ」
「……わざわざこちらへ? どうしてですか?」
「これは結婚の条件をああした私の責任だが……君は式典やパーティには殆ど出たことが無いだろう。疲れが溜まって、ずっと一人で対応するのは厳しいんじゃないかと思った」
「……そうですか……」
「ネージュ。今、寝たいと思ってるだろう?」
アロイスのその言葉に、私は肩をびくりと震わせる。
「……見てわかるくらい、顔に出ていましたか?」
「大丈夫、他の人には気付かれていないよ。私は家で過ごしていて、君が眠いときの様子をよく見ていたから判別出来るだけだ。後は私に任せてくれないか?」
「何を……」
「君が質問を受けているのは、ホテルやギルドの寝具に関することが多いのだろう。私も念のためにそれらの情報について頭に入れておいたんだ」
「……そうなのですか?」
「ああ。今会場にいる人間たちの興味を引くような話をすることは出来ると思う。だから、ネージュ……君は先に部屋に戻ってくれていい」
「本当に……?」
「君が眠る時間を大事にしているのは把握している。私はこういった場には慣れているからな。良かったら、力にならせてほしい」
アロイスの言葉が耳に響いた。
私はこくりと頷く。
「アロイス様。あなたのお言葉に甘えさせて下さい……」
「ああ、わかった」
「あと、そのワインはアルコールが入っている種類です。今夜はホテルのスタッフ用の部屋に泊まるのですよね? よく寝るために、飲むならノンアルコールのものをお勧めします」
「うん。ありがとう。あと、ネージュ。君に贈り物がある。ホテル開業の祝いだ」
「……?」
「ささやかなものだが、受け取って欲しい」




