94_エピローグ①_ホテル開業とセレモニー
睡眠ホテルが開業した。
ホテルを開こうと考えてから、審査のために諸々の準備をした日々……。
審査が終わってからも、実際の開業まではスタッフが諸々の準備に追われることとなった。
私は寝具開発の方の作業もあったから、こちらにずっと関われていた訳ではない。主に作業を進めてくれたギルドのメンバーたちには感謝している。
他の多くの施設と同じく、ホテルの開業時にはセレモニーが行われる。
睡眠ホテルにはグランドホテルのような豪華なダンスホールなどは無い。だが、軽くイベントを開けるような舞台とパーティ会場はある。
今日はそこの壇上で、魔術師の少女――イリスがスピーチをしている。
ホテルの審査に通ったとはいえ、我々は新参者のギルドであり、最初から宿泊客でいっぱいになるのは難しいだろうと想定していた。
だが、イリスがセレモニーに参加することで、続々と観覧希望の客が増えた。主に研究畑の魔術師たちである。
その結果、睡眠ホテルの初日の客室は全室満員ということになった。ありがたい話である。
(イリス……堂々としてるな。私と一緒にいたときよりも顔色が良くなって元気そう。研究のために遠くに行くことになってもちゃんと休息は取るっていう私との約束、守ってくれていたのね)
イリスは栄養食品に関する研究について発表した後、私を指し示して宣言した。
「――私の研究発見のために、ネージュ様は尽力して下さいました。その方が考案した睡眠のためのホテルに立ち会えたことが私の誇りです! 本日お越しの皆様はこのホテルでお休みになって下さい。言葉よりもその一晩の経験こそがこのホテルの素晴らしさを語るでしょう」
「おお……!」
「ホテルに宿泊する皆さん、どうかこの施設での体験を他の方にも伝えて下さい。そうすれば、沢山の人が睡眠の魅力を知ってくれるでしょう!」
「おおーっ!!」
観覧席にいる客たちは盛り上がっているようだ。
身知らぬ魔術師たちに混ざって、リンハイル、カミラもいる。
彼らは他の客とは少し毛色が違い、落ち着いた様子で拍手をしている。「まあ自分たちはもう知っているんですけどね」みたいな顔だ。
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イリス、リンハイル、カミラとはセレモニーが始まる前に少し話をした。
「ネージュ様!」
ホテル内に用意されたスタッフ用の応接室に入ってきたイリスが、目をきらきらさせて私に走り寄ってくる。
彼女の腕はどこかうずうずしている。……ハグしたそうだ。
私としてもやぶさかではなかったので、イリスを軽く抱き締めた。
「イリス、久しぶりね。公的な場で見るのは初めてだけど……あなたの衣装、とても綺麗だわ。勿論、衣装だけじゃなくて、あなた自身もね」
「ありがとうございます! 私、この日を心待ちにしていました。ホテル開業、おめでとうございます!」
イリスは弾んだ声で祝ってくれた。
手紙ではやり取りしていたけれど、こうして直接言葉を貰うとよりいっそう嬉しい。
イリスは彼女の近況を話してくれた。
イリスと離れたときに送った抱き枕は、今もずっと使っているということ。暑い日は冬のように抱き締めて眠るのは気温の関係上難しいが、仕事中に疲れたときはハグしに行って癒やしを得ているらしい。
最近私たちの寝具店から発売されたシルクの枕カバーを使って、今日という日のために美容に力を入れたことも話してくれた。
そんな風に会話を続けていたが、応接室に新たに入ってきた人物に遮られた。
リンハイル――イリスの父親だ。
「イリス。ネージュさんと話をしたい気持ち自体は尊重しよう。でも、君は一介の魔術師としてこのホテルの大事な舞台に立つことになっている。親交を深めるのならばもっと後日でもいいのではないかな?」
「ああ……リンハイル様。ご意見、ありがとうございます。確かに、私が為すべきはネージュ様のお役に立てるように準備を万全にすること……! そろそろ控え室で練習をして参ります。リンハイル様には私の予行練習を見て頂ければと思います。ネージュ様、またあとで!」
「うん、それがいいよ。君みたいな年若い者に助言するのも年長者の勤めだからね」
退室を促されたイリスは、リンハイルと共に笑顔で私に挨拶をして出て行った。セレモニーの控え室に移動したのだろう。
……父親と娘にしては、他人行儀といえばそうだろう。でも、今の彼らにとってはこれくらいの距離感が丁度良いのかもしれない。
そんなことを考えていると、再び応接室がノックされた。
中に入ってきたのは、これも見知った女性だった。
「カミラ様!」
「ネージュさん。お忙しいところ失礼するわ」
カミラはイリスとは異なり聴衆として参加する。でも、黒の細身のドレスにケープを羽織ったその装いは、シックな美しさがある。パーティに参加した人間の目を惹くことだろう。
ホテル審査で会ったとき、彼女の顔色は少し青白かった。でも、今のカミラは血色がよく、心なし穏やかな表情をしている。
ホテルに泊まった後から、自分の睡眠や栄養については改善を進めていると聞いた。その結果が出ているようだ。
「カミラ様こそ、お忙しい中すみません。一応参加を募りましたが、出て頂けるとお返事を頂いて少々驚きました」
「何よその反応は。あなた、わたくしが来なくていいと思っていたの?」
カミラは不服そうな反応をする。私は慌てて首を振って否定した。
「ギルドの審査の方が担当したホテルのセレモニーに出ること自体、あまり無いと聞いたことがあるので……」
「それはそうね。それを承知でわたくしに招待状を出したのはどうして?」
「このホテルのサービスはカミラ様の意見によって完成したものなので。あと、ホテル審査時よりも多くの寝具を取りそろえることになったので、カミラ様にそれを見ていただきたかったのです」
「そう。……睡眠ギルドの活動が鈍くなったとき、どうしたのかしらと心配していたのよ。水面下で色々やっていたのなら、良かったわ」
カミラはそう言って微笑んだ。
……彼女に逐一ギルドの活動について報告していた訳ではないけど、色々と気にしてくれていたらしい。
そうだ。私にはまだ伝えないといけないことがある。
私は姿勢を正して彼女に報告した。
「カミラ様。ずっと様子見していた学会の発表についてですが、参加出来ることになりました」
「あら、良かったわ。わたくしはどうなることかとやきもきしてたから。……あなたの家で何かあったのね?」
「それは、まあ……」
「ネージュさん。薄々思ってたけど、あなた、貴族の家に嫁いだのでしょう。家の名前を出して活動することで夫とトラブルがあって、それで今まで長引いていた。違うかしら」
カミラの指摘に私は肩を竦めた。
彼女は彼女の旦那と長年色々あった。私は詳しいことは家の外の人間には話さないようにしていたけど、それでも何かあったことはわかるものらしい。
「……カミラ様のお察しの通りです。すみません、今まで何も話せず」
「家のことはおいそれと話せないのはわかるわ。でも、これから家で色々あったとき、わたくしには話してくれて構わないわよ。トラブルには慣れてるから。ふふっ」
「すみません、お気遣いいただいて」
「まあ、それより先に、発表をどうするか考えた方がいいわね。そして、今日はそれよりも……ホテルが無事開業したことを祝いたいわね」




