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92_寝る時間は妥協できません①

 体調不良というものは、なるときのきっかけも、治るときの理由も判然としないことが多い。

 今回もそうだった。


 アロイスの魔力暴走の症状は快復を迎えたらしい。

 症状にうなされ、いつも睡眠が途切れ途切れになっていたアロイスは、静かに寝室で眠り続けているらしい。



「良かったわね」

 中庭でシエラからそう報告を聞いて、私はそう返した。



 嘘やおべっかではない。

 体調不良の人にはなるべく元気になってほしいし、個人的には睡眠で問題を抱えている人がいたらその気持ちはより強くなる。

 眠い辛さというのは、眠れるようになることでしか癒せないからだ。




(アロイスのために前世で睡眠にいいと言われている食事を用意してみたり、寝具を使わせたりしてみたけど……どれが決め手になったのかははっきりしないわね。アロイスと同じように不眠で悩む人の解決策が見つかればいいなと思ってたけど……)


 まあ、他の病気でも、毎回はっきりした解決方法が見つかる訳ではないのだろう。

 多数の人間に対していろいろなやり方を試してみて、その上で効果があったことを探る――そういう地道な作業が必要になるのだと思う。




 ともかく、今回アロイスが治ったこと自体は良かった。



 シエラにとっても良かったはずだ。家の主の体調が良くなって、使用人たちも看病に時間を取られることは無くなったのだから。



 なのに、彼女は浮かない顔をしている。



「あんまり嬉しくないの?」

「アロイス様が回復したこと自体は喜ばしいことだと思っています! ですが、ネージュ様は……アロイス様が治ったら、この家を離れるご予定なのですよね?」



 それはまあそうだ。

 アロイスが体調不良のときに大きな選択を迫るのは酷だと思った。でも、彼が復調したなら事情が変わってくる。



「シエラ。あなたと離れるのは私も寂しいわ。……時々は王都で会えるかしら? 家の用事が終わった後に人と会うくらいは許してもらえるわよね」

「それは、そうですが……」

「ネージュ、ここにいたのか」



 私がシエラと話し込んでいると、アロイスが部屋に入ってきた。

 アロイスはシエラにちらりと目をやりながら言う。


「すまないが、退室してもらえないか。少しネージュと二人きりで話をしたい」

「……!」

「シエラ、行ってくれる?」

「は、はい……かしこまりました。何かご用命があればお呼びください」


 シエラは心配そうに私を見つめていたが、私の命令に従って頭を下げて退室した。



 ****


 私は部屋の中でアロイスと向かい合う。



「君には今まで世話になったな、ネージュ。だが、今回話したいことはそれではない」

「これからの話、という訳ですよね。私にも準備があります。離婚用の書類も持ってきていますから」

「そ、そうか……」

「既に私の分の名前は書いております。書き損じに備えて、予備も持ってきました。ご安心を」

「ネージュ……私はこれから君の尽力を無駄にすることになるかもしれないが……」

「えっ?」

「ネージュ。……離婚の話は無かったことにしてくれないか。私は君との婚姻を続けたい!」


 私が首を傾げていると、アロイスが深々と頭を下げてきた。

 黒髪だからかつむじがよく見えるな――とぼん思った。


(色々な症状は良くなったって聞いたけど……まだまだ本調子とはいかないのかもしれないわね)


 私はそう考えながらアロイスの頭を上げさせる。



「アロイス様。それは難しいです。私とあなたはギルドに関しての考えで方向性の違いがあります。それが変わらないことには……」

「呪いで満足に睡眠が取れなくなって、私の考えは変わった。寝具とは生活の基盤となる、大事にしなければいけないことだ」

「あ、そうなんですか……?」

「当主としての活動を再開したら、領地開拓の仕事が暫く続くだろうが……君の携わっている作業も同様に大切だとわかった。ネージュ、君は好きに活動してくれていい。それだけでない、睡眠ギルドで活動するにあたってローハイム家の名前を出してくれていい。当主としてギルドを支援しよう。私自身、ギルドの商品は世に出すべきと思ったからな」



 ……アロイスが戻ってきた当初と比べると、すごい方向転換だ。その後に呪いで睡眠がうまく取れなくなったりしたから、睡眠の良さが身に染みたんだろうか。

 まあ、活動を認めてくれるなら良かった。

 でも……。



「アロイス様。ギルドを支援したいなら、結婚せずとも可能な筈です」

「……!」

「実際、今まで何人かの貴族の方が睡眠ギルドを支援してくれるようになって、私はそれに助けられました。それではいけないですか?」



 ギルベルトやリンハイルたちのことを思い起こしながらそう言う。

 アロイスは暫く頭を抱えていたが、やがて意を決したように顔を上げた。


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