89_私とネージュと長い夜(アロイス視点)②
現在の時間は夜の十時台で、月明かりが中庭の植物を照らしている。
私がいない間、中庭は様変わりした。
使われていない土地も多くあったが、今は様々な作物が土に植わっている。
色とりどりで賑やかな花壇と比べて、私たちは静かなものだ。
(よく考えたら、シエラにはここにいてもらった方が良かったのでないか? 使用人がいた方がスムーズに話が進んだかもしれない。こうして二人になったところで、私たちは世間話をするような間柄ではないような……)
改めてそう思って、手のひらに妙な汗が滲む。
何故私はネージュと二人になりたいと思ったのだろう。魔力暴走とそれに伴う寝不足のせいか、考えがうまくまとまってくれない。
「アロイス様、お加減はいかがですか?」
考え込んでいる内に、ネージュが話し掛けてきた。
思考が散らかったまま、私は彼女になんとか声を返す。
「ネージュ。あの……その…」
「はい」
「その……そもそもの話だが、君はどうしてここにいるのか確認してもいいか? 私たちは結婚をして……領地開拓から戻ってきて……そこからの記憶が少々曖昧なんだ」
「アロイス様、やはりお身体の調子が悪いようですね。あなたが戻ってきて、今後の話をして、私は離婚を選びました。私が離婚の書類を取りに行っているときに手紙でアロイス様の治療を使用人たちに頼まれたので、緊急で家に戻ったのです」
「そ、そうか……」
ネージュの話を聞いて、少し肩を落とした。
……私が夢かもしれないと思っていたことは、すべて現実だったのだ。
だが、まだわからないことはある。
「君に睡眠に関するギフトがあって、それですぐに治るかもしれないという話は使用人から聞いた。だが、私の体調はまだ全快していない。なら、何故まだここにいるんだ?」
「あなたの魔力暴走は、寝ることで快復すると聞きましたから。睡眠ギルドをやっている者としては出来れば治療が終わるまで付き合いたいと思ったのです。それが新たな商品開発のヒントにも繋がるかもしれませんし。だから、まあ……何故ここにいるかというと、研究のため、でしょうね」
「研究……」
ネージュがここにいて私を助けてくれているのは、研究のため。
その言葉を聞いて腑に落ちると共に、どこか胸が沈むような心地がする。
何故かはわからない。
私は咳払いをして、話を続ける。
「……先程起きたら、君の寝室で寝かされていたようなのだが。あれはどういうことだ」
「ああ、あれは私が提案してアロイス様を移動しました。あの家の中で私の寝室が一番設備が充実していたので、眠りの助けになるかと思って。枕やベッドのシーツは全て新しいものに変えてもらっているので、衛生面の問題は無いと思います。私は空き部屋で問題なく眠れているので、ご心配なく」
「そうなのか……」
「私の寝室は私が一番寝やすいように魔道具で温度調節をしているのですが、あれで大丈夫でしたか? もっとアロイス様に向いた環境があれば調節しますが」
「いや。今のままでいい。……あの部屋で寝てから、前よりも調子は良くなった……と思う。寝ている間に魔力暴走用の包帯が交換されていなかったからな」
「そうなんですね。寝具を変えたら眠りが深くなるかは賭けでしたけど、良かったです! じゃあ、アロイス様の部屋用の寝具を注文しましょうか」
「注文……?」
「私の寝具はみんなギルドの商品を使っていますから、商品を買えばアロイス様の寝室も同じように出来ます。今回は緊急だったので環境が整っている私の部屋に移しましたが、アロイス様の部屋が整うならその方がいいですよね。あ、でも、全部を私と同じ商品を注文する必要は無いかなと思います。ギルドには色々あって……」
そう言って、ネージュは傍らからメモを取り出し、ペンでさらさらと書きながら私に説明をしてくれた。
今まで寝具に拘ったことが無いから、種類があると言われてもすぐには理解出来なかった。どんな違いがあるかも試してみないとわからない。
だが、ネージュは今まで会った中で一番楽しそうな顔をしている――ということだけはわかった。
「……すまないが、細かい違いはわからないな。だが、君の寝室で使った寝具は、悪くはないと思う。同じものを注文してくれないか」
「かしこまりました。ちなみに、まだ店で売られてはないものの、新しい素材で作った寝具も今開発中なんです。そこでピロにモニターしてもらっています」
「ピロ……?」
ネージュは、中庭の隅に置かれたテントのようなものを指した。テント――とはいっても、人間はまず入れないだろう小さなサイズだ。
その中をよく見ると、銀色の毛をした猫が横たわっているのがわかった。
「中庭の番犬代わりに猫を飼っているという話は聞いたが、あいつがそうなのか」
「植物を守ってくれるだけじゃないですよ。ピロの寝具をチェックする腕は確かなんです。マットレスとかシーツとか、どんな素材なら喜んで貰えるかなって考えたときにピロに試してもらいます。ピロが気に入ったものは人間にも好評なのです」
「にゃにゃん」
ピロと呼ばれた猫は身を捩って目を開けた。そしてテントから出てきて、ネージュの手に顔を擦り付けていく。馴れたものだ。
ちなみに、ピロは私の方には近寄ってこない。初めて見る顔だからだろう。
まあ、私の方とてむやみに近寄って欲しくはないが。領地で家畜の様子を見に行くことはあれど、私自身が動物を飼ったことはない。
ピロを撫でているネージュに向かって、私は気になることを聞くことにした。
「新しい素材というのは……」
「気になりますか? まだ制作途中ですけど、気になるなら試作品を作ってもらうようにギルドにお願いします。人間用のものが出来るのはもう少し後になるでしょうけど」
「それを使えば、私の病は治るのか?」
「それはわかりません」
「なに……?」
「アロイス様の体調は、睡眠が正常化すれば治ると言われています。でも、『こうすれば治る』というはっきりした治療法はありません。睡眠によさそうなことをやりつつ、気長にやっていくしか無いと思います」
その話を聞いて、私は愕然とした。
……はっきりとした治療法は無いのか。
睡眠ギルドを立ち上げたネージュでも無理なのか。
焦燥感に突き動かされたまま、私はネージュに質問を重ねる。
「私は、領地開拓の合間にここに来た。こちらで出来る用事を済ませて、少しの間家で過ごして……二週もしたら領地開拓に戻るつもりだった。もう時間が無い。どうすればいいんだ」
「どうって……休みを貰えばいいんじゃないですか?」
「なに?」
「というか、そうするしかありませんよね。アロイス様は魔力暴走の症状があって、そのまま働き続けたらもっと悪化する可能性があるんですから」
「いや、しかし……休むなど……」
「使用人から聞きましたが、領地開拓はかなり順調に、当初の計画よりも早く進んでるんですよね? なら休んでも何ら問題ないのでは?」
「それは……」
「実際、私はそうしてますよ。本当はもっとギルドの作業があったんですけど、お休みをいただいてますから」
「……!」
「……、ふう。じゃあ、そろそろ私は行きますね」
「え?」
少し目を細めたネージュは、ピロから手を放し、伸びをしつつそう言った。
私は戸惑いながら彼女に聞く。
「行くって……この時間だ。どこに行くというんだ」
「外に行くわけじゃないですよ。寝るんです。もうそろそろ寝る時間なので」
「そ、そうか……」
まだ十一時くらいじゃないか、もう寝るのか――という言葉も浮かんだが、私の病の世話の為にここに留まっている彼女にそんなことは言うべきでは無いだろう。私はグッとこらえた。
念のために言っておきますが、よく寝るためにはコーヒーとアルコールは控えた方がいいですよと言い残し、ネージュは去って行った。




