88_私とネージュと長い夜(アロイス視点)①
夢を見ていたような気がする。
当主になって先代である父親と話して。
開拓先の領地から家に帰ってきて。
妻に話したいことがあったから話して。
妻が家から出て行って。
今まで決めていた寝る時間になっても寝られず、やっと寝られたと思っても目を覚ましたら身体は更に疲れていて。
魔力暴走は魔道具の包帯である程度止めてもらっている。
でも、起きている最中、ずっと頭痛がして、目の前が真っ白で、私は……。
****
「――?」
私は目を開けた。
シックな柄の天井と、それを照らす照明の光。
この家の天井の柄は当主になる前から何度も見る機会があった。昔と比べると少々色味が変わっているような気がするが、この家から出発した一年前も、今も変わっていないはず。
なのに……何故、こんなにも違和感を覚えるのだろう。
「……!」
暫く見つめていて理解した。
天井の柄自体は変わっていない。変わっているのは照明の方だ。
私の寝室は照明が白かった筈なのに、ここはオレンジの照明をしている。
(ここはどこなんだ……?)
慌てて上体を上げると、近くで「目を覚まされましたか」と声がする。
ベッドサイドにはロージー――この家の使用人が控えていた。
私の動揺とは裏腹に、使用人は落ち着いた様子をしている。
「ロージー。ここはどこなんだ。この部屋は私の寝室ではないな? ……ロージー、お前の部屋か?」
「こちらは、奥様の……ネージュ様の部屋です」
「なにっ!?」
その言葉を聞いて、私は部屋の中のものを確認する。
……ベッドサイド近くにある本棚。
夜の十時を指している時計。
オレンジの照明。
私自身が先程まで横たわっていた、広いベッド。
頭の重みを受け止めていてくれた枕。
肌触りの良いシーツ。
よくよく確認すると、ここには寝具店の商品が沢山使われているようだった。
(ネージュの寝室は、ギルドの商品と同じものを使っているということか。そうか、ここはネージュの寝室。寝室……)
そのことについて考えると、なにやら落ち着かない気持ちになる。
私は身を捩らせてベッドから足を下ろした。少しふらつく私の肩をロージーが支えて、心配そうに見つめてくる。
「アロイス様、まだ病状は治った訳ではありませんよね?」
「……そうだ。だが、今までよりはずっと良くなっている」
私は魔力暴走の対処法として魔道具の包帯を頭に付けている。
包帯は漏れ出た魔力を受け止めてくれるが、許容量を超えると溶け落ちてしまう。だから数時間ごとに使用人が私の包帯を取り替えていた。
今目覚めて確認したが、意識を失う前と今とで包帯は変わっていないようだった。魔力暴走は完治した訳ではないが、少し静まっているらしい。
「それならば良かったです。ですが、まだ安静にして下さい。食べ物や飲み物が必要ならば持ってきます」
「いや、いい。それよりも――ネージュはどこにいる? 他の部屋を使っているのか?」
「ネージュ様は今は中庭におられる筈です。ここにお呼びしましょうか?」
「不要だ。私が会いに行く。ロージー、お前はもう自室に戻っていいぞ」
「……かしこまりました。交代の使用人はこちらの部屋で待機させます。体調が思わしくない際は、すぐに戻ってきて下さい」
使用人に命令を飛ばした上で、私は部屋を出て行く。
中庭、中庭……。
中庭へ続く廊下を歩きながら、私はふと考える。
……そういえば、ネージュは何故家にいるのだろうか。
彼女はこの家を出て行った筈では無かったか。
(いや、でも……。もしかしたら、それも……夢、なのか?)
魔力暴走の影響もあって、ここ最近起きたことが夢なのか現なのか、少々曖昧だ。
もしかして、ネージュが出て行ったというのは勘違いなのではないか?
だって、あれが現実だとするなら、ネージュが普通にこの家にいるのはおかしいじゃないか。だから――。
****
中庭にはネージュがいた。
正確にいうと、ネージュとシエラ――使用人もいて、何か話し込んでいるようだった。
シエラは、私の存在に気付いたのかこちらに近付いてくる。
「アロイス様、起きられましたか。お身体は大丈夫ですか?」
「前よりはな。シエラ、この場を離れてくれないか。ネージュと二人になりたい」
「そう、ですか。しかし……」
シエラは少し迷うようにネージュに目線をやる。彼女は行っていいわよとシエラに促した。
そうして、私とネージュは二人きりになった。




