87_アロイスが眠れるようになるまで
シエラとロージーに促され、私はアロイスの寝室から一旦連れ出される。
それは説明のため。そして、私たちの話し声でアロイスの気を散らさないためだ。
私がこの家に戻る前、アロイスは医者に診て貰ったらしい。
シエラは、医者がした説明を私にもしてくれた。
アロイスは領地開拓先で出会った魔物によって魔力暴走に陥っているのだという。
最近になって発見されたことだが、魔物の中の放つ魔法の中には遅行性で効果が大きく現れるものがあるらしい。
だがまだ専門家の間でしかその知識は広まっていないため、アロイスは対策が出来なかったのだ。
魔物が残した魔法は、魔力を強化させるものだった。
アロイスの領地開拓先の魔物は魔力量に乏しく、魔力強化が起きていても討伐に支障はなかった。
だが、アロイス自身の持つ魔力量は非常に多い。
遅行性で魔力強化の真の効果が現われた結果、魔力暴走状態に陥ったのだという。
「何があったかは大体わかった。で、魔力暴走を止めるにはどうしたらいいの?」
「医者によると、魔術師が魔力暴走を起こすことはこれまでも度々あったようです。対処法は……安静にすること、です」
「ん?」
「とはいっても、横たわっていれば仕事をしても大丈夫……という訳ではないようです。要は寝ること。ずっと寝ていれば、そのうち落ち着くようです」
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そんなことで――と、少々拍子抜けした。そんな、風邪の治し方みたいなノリで治るものなのか。
そんな疑問を持っていると、シエラが続けて説明してくれた。
「魔力の流れは、基本的には無意識下で制御されているものです。人間は食事を取っていなければお腹がすきますが、それは意識的にやっていることではない。それと同じです。魔力暴走は、無意識下での制御がうまくいっていない時になる、と考えられているそうです」
「へえ……それで、寝れば治るということ?」
「多くの病において『寝ること』は有効な治療手段です。魔力暴走中の魔術師も、とにかく眠るようにしていれば、自然と治癒する者は多いそうです。医者はそう話していました」
……専門家にしては少し物足りない意見だ。
もっとピンポイントな解法があるものかと思っていた。
でも、私が知っている魔力の知識とも照らし合わせると、確かに寝ることは有効なのかもしれない。
魔力とは身体の中の血液に乗って流れているものらしい。血流が悪くなると、魔力も落ちていく。
逆にいえば、魔力が暴走しているときはずっと同じ体勢でいれば魔力は少しずつ勢いをなくしていくのだろう。
ひたすら寝るというやり方は理に適っていると思えた。
「――なんにせよ、治し方がわかってるなら良かったわね。アロイス様が寝られるようにすればいいんだから。この家に帰ってきてから、寝る時間が異様に遅くなってたみたいだけど……今まさにアロイス様は寝ているでしょう? そうしていればそのうち症状も落ち着くなら……」
私はそう言ったけど、使用人たちは浮かない顔をしている。
「アロイス様は、寝ようとしても寝れない――そんな状況に陥っているようです」
「そうなの?」
「寝たと思い込もうとしても、身体は休めていない。そんな状況になっているようで……」
ロージーは語った。
人間の身体は、本来寝ている間に機能の一部は休まり、一部は動いている。そうすることで身体は回復し、調子を整えるようにしている。
だが今のアロイスは、寝床で意識を失っても身体本来の回復機能が正常に動いていない――そんな状態になっているらしい。
「アロイス様は早く身体を回復させたがっています。多少無理矢理にでも睡眠を取ろうとしています。医者に治療法を聞いたこの二日間ほど、アロイス様は眠るために酒を飲むようにしているようで……」
(やばいわ)
ロージーの話に、私はぞっとする。
不眠症の人が眠るためにアルコールを摂取する話は聞いたことがある。
だが、アルコールには眠りを浅くする効果がある。一時的に眠れても、身体は充分に回復できない。
加えて、酒を飲み続けたら高確率でアルコール依存症になるため、体調不良からは逃れられないのだ。
……でも、ここまで聞いたら、私が何故緊急で呼ばれたかわかった気がする。
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「失礼します」
私は使用人たちと共にアロイスの寝室に戻った。
ベッドの上ではアロイスが寝ている。
というより……目を瞑って寝ようとはしているが、うまく寝られていない、みたいな状況が続いているのだろう。彼は苦しそうにベッドで胸を上下させていた。
私は深呼吸し、アロイスに近付いて彼に手を翳した。
この世界には一定の年齢で貴族に発現しやすいと言われている『ギフト』と言われる能力がある。身体の能力を高めたり、炎や水を出したりすることが出来る、所謂魔法のようなものだ。
私に発現したギフトは、『一人分の安眠出来る寝床を作る』というものだった。
このギフトを利用して、眠らない赤ちゃんを眠らせたことがある。
赤ちゃんに効くなら、今うまく眠れていないらしいアロイスにもきっと効果はあるはずだ。
(アロイスの体調が治るまでは協力しよう。それが終わったら、離婚の話の続きね)
そう考えながら、私はギフトを発動した。
…………。
「ううっ!」
「え?」
――私がギフトを発動させると、アロイスの身体からより多くの魔力の光が溢れ出た。
彼は苦しそうに咳き込んで身を捩らせている。
「あ、アロイス様、大丈夫ですか? どうしよう……私のギフト、効いてない……?」
「……ネージュ様でも駄目でしたか。睡眠のギフトであれば、アロイス様には効くかと思ったのですが……」
ロージーは肩を落として呟き、苦しげに呻くアロイスの包帯を巻き直した。
シエラが困惑する私に近付いて説明する。
「人の身体には外部から入ってきた異物を受け付けないようにする機能があります。今のアロイス様は魔力暴走のために、他者からの魔法を受け付けない身体になっているようなのです。医者がとりあえずの対処として回復魔法を使ったときも、より悪化してしまいました」
「そんなことが……」
「ただし、ネージュ様の睡眠のギフトならば効くかもしれないと私どもは考えました。それで緊急でネージュ様に連絡を取ったのです。お手数をお掛けして、誠に申し訳ありませんでした……」
私に謝罪したシエラは、部屋の机の抽斗から小箱を取り出して私に見せる。
その中には大粒の宝石が入っていた。
「なに……?」
「これはいざという時に謝礼として渡す用に家に用意されたものです。今回緊急でお呼びしたこと、離婚の時期の見通しが立たなくなってしまったこと、それに伴ってギルドでの活動に支障が出てしまったことについてのお詫びです。ネージュ様の財産にして下さいませ」
シエラは申し訳なさそうに言った。
私は小箱の中の宝石を見つめる。
相場には詳しく無いけど、これだけあれば換金すれば相当な財になる筈だ。
でも……。
私はため息をついて、ベッドに横たわっているアロイスに目をやって言った。
「シエラ。貰えるものなら貰っておくけど……まだ目的が果たせてないのにお礼を貰うのは、少し違うかなって気もするの」
「ネージュ様……?」
「ギフトは駄目だったけど、他の方法を考える。アロイス様がちゃんと眠れるようになるまではこの家にいるわ」




