86_3時はまだギリ夜だと思えるけど4時に眠れないのはかなり厳しいわね
私は王都のロフト部屋の扉を開けた。
外で貰ってきた書類を鞄の中から机の上に出す。
(こういうのって、私の名前は先に書いておいた方がいいんでしょうね)
そう考え、私はペンを取ってさらさらと書類を埋めていった。
寝具店でやるべきこともあったため、書類を取ってくるのに数日かかった。
でも、これからローハイム家に戻れば、アロイスの許可を得られるはずだ。
アロイスは私の言葉に戸惑っているようではあったが、外へ行く私を引き留めるようなことはしなかった。恐らく私の言い分に納得してくれたのだろう。
作業を終えてひと休みしていると、外で何やら音がする。郵便が来たようだ。
「……ん?」
郵便を取りに行った私は、今回届けられた封筒を見て目を丸くする。
この部屋の所在は、シエラを始めとした使用人たちには伝えてある。だから時々使用人から手紙が届くこともあった。
今回の手紙の差出人は、ロージー……男性の使用人だ。筆跡からわかる。
(ロージーはアロイス様の腹心の部下、みたいな使用人なのよね)
アロイス不在の間、自分のやりたいことのために男手が欲しいからロージーを連れて行くこともあった。
彼はいつも粛々と従ってくれたが、空き時間に一人でメモをしているところを何回か見かけたことがある。
アロイスが帰って来た日、ロージーは彼と部屋に入って時間をとって報告をしているようだった。
恐らく、アロイスがいない間に家で何が起きていたかを伝えていたのだろう。
差出人も珍しければ、封筒もあまり見ない形をしている。
これは確か、速達を届ける用の封筒だった筈だ。
私は封を開けて手紙の中身を見る。
「……?」
そこには、「アロイス様のために至急帰って来て欲しい」という依頼と、ローハイム家への転移用の魔道具が入っていた。
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転移用魔道具は決められた座標に即座に転移出来るものだ。時間の短縮は出来るが、その分魔道具の値段はかなり高価だ。
だからよほどのことが無いと使わないように取り決められている。
今は、よほどのことが起きた、ということらしい。
(呼び戻さなくても、私は家に戻ると使用人に伝えた筈だけど……何があったのかしら)
私が帰ると何故アロイスのためになるのかもよくわからない。早く離婚したいから書類を持ってきて欲しいとでも要求しているのだろうか。
とにかく、魔道具を使ってローハイム家に戻ることにした。
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ローハイムの屋敷についた。
本当にすぐに移転するのか、便利だな――と感心しながら屋敷を見つめていると、近くから人が現われた。
私を呼んだ使用人……ロージーが私を青白い顔で迎える。
「ネージュ様。お待ちしておりました」
「ロージー。どうして私を呼んだの? アロイス様が早く離婚したくて呼んだということ?」
「そういうことではありません。むしろ、私としてはあなたとアロイス様にはなるべく一緒にいて欲しいと思っており……」
「うーん? あなたがアロイス様を特に大事に思っていることは知ってる。でも、私はアロイス様の意に従うことは出来ないわ。だからあなたの望みも叶えられないと思う。申し訳ないけどね」
「……非礼をお詫びいたします、ネージュ様。ですが、この場では離婚のお話は一旦置いて欲しいのです……」
離婚の話は一旦置く……。
それはどういうことなのだろう。
首を傾げる私に、「とりあえず中へ」とロージーは家の扉を示した。
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ローハイム家に嫁いでから一年以上経って、屋敷の中の部屋は大体知っている。が、私が把握していない場所もある。
それは、屋敷の主・アロイスの部屋だ。
アロイスは領地開拓でずっと不在だったが、人の部屋に許可なく入るのは良くないということで、私は彼の部屋に入ったことがなかった。
私は自分の寝室は沢山改造した。寝具店のマットレス、枕、ラグにシーツなど。
睡眠ギルドで開く予定のホテルに勝るとも劣らない寝心地をしている部屋――それが私の寝室だ。この世界の他のホテルの寝室とは比べるべくも無いだろう。
使用人たちも私と同様に思い思いに寝室を模様替えして寝具を取り込んでいる筈だ。
でも、この家の中でそのような改造がされていない部屋がひとつある。
アロイスの寝室である。
私はロージーに連れられ、初めてアロイスの寝室に入った。
(……?)
部屋に足を踏み入れて、私は見慣れない光景に足を竦ませた。
アロイスの寝室の内装は、シックな家具に壁紙、大きめの机と本棚。ベッドはこの国によくあるシンプルなベッドだ。
それはいい。ローハイム家に来た当初の私の寝室もこんな感じだったと思うし、それ自体は問題はない。
気になるのは、ベッドに部屋の主――アロイスが横たわっていること。
そして、目を瞑っているアロイスは淡く発光しており、時々苦しげに咳き込んでいるということ。
「……アロイス様?」
「……ゲホッ、ゲホッ」
アロイスは寝床で身体を捩らせた。彼の額には包帯のようなものが張られていたが、どういう原理なのか、アロイスの身体から光が漏れる度にどろりと溶けていく。
ベッドサイドにはシエラがいて、浮かない顔をしてアロイスの包帯を巻き直している。
その後、立ち上がって私の方に礼をした。
「お待ちしておりました、ネージュ様。あなたとアロイス様に意見の相違があったことは私も把握しています。本来呼び寄せるべきではないかもしれないと考えましたが……それでも、この状況だとネージュ様を頼るのが一番だと使用人どもで意見が一致したのです」
「そんなことある……?」
私は素で返した。
恐らく、私が使用人たちに緊急で呼ばれたのはアロイスをなんとかしてほしいから、というのが理由なのだろう。
でも、今のアロイスの様子を見るに、どう見ても私は専門外だと思う。
アロイスの身体から漏れているのは魔力の光だろう。
何故それが漏れ出しているのかはわからないけど、その辺りは魔術師を診る医者――つまり専門的な知識を持つ者に頼るべきだ。
魔力はまだ謎に包まれていることも多いけど、それでも医者は多くの症例から治し方を模索することが出来る。私にはそんな知識がないので、手を出すべきではないのではないか。
そうシエラに言ってみたけど、彼女は私の意見に首肯しきれないのか複雑そうな顔をしていた。
「ネージュ様、あなたの言うことはごもっともです。ネージュ様がいない間に、アロイス様を診て頂くために医者を呼びました。それで現状把握はある程度出来たのですが、アロイス様を治すためにはネージュ様のお力が必要だと判断しました」
「治すために何がいるの?」
「『寝ること』です。ネージュ様……こちらを見て頂けますか?」
シエラは傍らの本棚からあるものを取り出した。
日記だ。
私はシエラが示した日記をめくる。
何月何日、午前四時。
何月何日、午前四時半。
何月何日、午前五時。
……みたいに、最近の日付と時刻が淡々と並べられている。
一番最初の日付はアロイスがローハイム家に帰ってきた日の日付だ。最後の日付は今日の日付。
「これは何の時間なの? ……あ、アロイス様が起きた時間とか? 彼の言動からして、早起きそうだものね。四時に起きるのは流石に早すぎるような気もするけど」
「ネージュ様。こちらは、アロイス様が就寝した時間になります……」
「――えっ?」
「アロイス様は起きる時間を朝の六時と定めていました。就寝時間がどんな時間であっても。そして、領地開拓先から持ち帰った作業を続けていました。ですが、先日とうとう倒れてしまったのです……」
シエラのその言葉に、私は戦慄した。
ありえない。
今世では日が変わる前には寝ることがほとんどだけど、前世は深夜遅い時間まで夜更しすることも多くあった。
そのとき思ったことがある。
午前三時はまだ夜の範疇だ。外は暗いし、他者の音もほとんどしない。
でも、午前四時は、もはや朝といっていい。
空はうっすらと白み始める。鳥の囀りがそこかしこで聞こえる。新聞配達の音が聞こえたら、いよいよ朝になったと認めざるを得なくなる。
だから私は夜更しするときでもなるべく三時には寝るようにしていた。
朝になってから寝ると、シンプルに取れる睡眠時間が短くなるのに加えて、「夜の間に眠ることが出来なかった」という罪悪感が心にこびりつくのだ。




