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84_領地開拓とネージュという妻について③(アロイス視点)

 やがて、私は未開の領地から魔物を追い出すことに成功した。


 私自身が出なければならない時もあったし、未知の魔物がいる痕跡を見つけたときは警戒したが、実際に一人で該当の洞窟に潜ってみるとなんてことはなかった。

 魔物たちは他の地域よりも気が立っている様子だったが、問題なく討伐することが出来た。



(洞窟の中の岩が固まっている箇所を通り過ぎた時、身体に妙な震えが走った。だがそれだけだったな。あまり手間が掛かることが無くて良かった)



 まだまだ手がついていない領地はある。だが、ここ一体の領地は概ね整備した。

 といっても、魔物を一通り討伐しただけで、人が住めるようにするにはまだまだやらないといけないことがあるが……。



「アロイス様!」



 私が仮設住宅の中で今後のことを考えていると、使用人のジョージが現われた。

 彼はその手に手紙を持っている。



「どうした?」

「ローハイム家から手紙です」

「なに……? 何かあったのか?」



 領地開拓に集中したいため、連絡はよほどのことが無ければよこさなくていいと家に残した使用人たちには伝えていた。

 手紙が届くということは、何らかの異常事態が起きているのだろうか。



 ジョージは訝しむような顔をして、手紙の差出人の名前を見ている。



「今回手紙をよこしたのは、あなたの妻……ネージュ様のようです」

「なに? ……そうか、ネージュか」



 妻と言われて、一瞬誰のことだったかと思った。

 ネージュとは、結婚当初に今後のことを話し合った後は一切連絡を取っていない。互いに出会ったときに交わした契約を守っている状態だった。



(だが、彼女から連絡があるということは、家に何か起きたのか? 私に何の用事なのだ……)



 手紙の封を破って中身を検める。


 そこには、驚きの事実が書いてあった。



(寝具のギルドを作ったのは……ネージュだと?)



 手紙にはこれまでにネージュがやってきたことが書いてあった。



 ローハイム家にいたロザリーに商会とのツテを教えて貰ったこと。

 睡眠に関する商品を開発して睡眠ギルドを立ち上げたこと。

 寝具を売る店を開いたこと。

 店は好調で、第二の店を開いたこと。

 業績好調により、ホテルを開くことになったこと。



 その流れの中で、魔力に関する研究発表に出ることを勧められたので、家名を出していいか――というのが今回の主訴だった。

 どうやら、彼女の今までの活動は家の名前を隠してやっていたらしい。



(どうして彼女はこんな活動を……?)



 手紙を読みながら、その疑問が止まらなかった。



 過去にギルドの商人とやり取りをしたことはあるが、彼らは皆活気に溢れている様子だった。金稼ぎが好きな人間というのはそういうものだ。

 ローハイムに嫁いできたばかりのネージュは積極的に商売を好む人間かというと、そうは見えなかった。

 どちらかといえば、為すべき仕事が少ないことを喜び、有閑趣味を好みようなタイプに見えたが……。



(扱っている商品自体が、彼女の趣味……そういうことか?)



 私はそれに思い当たった。

 金が増えていくことに執心するよりは、自分自身の魂を込めた商品を世に出すことに喜びを見出す。そういう人間も確かにいる。



 この場合、取り扱われている商品は寝具だ。

 そうなると、ネージュは眠るのが好き……ということになるだろうか。




 眠るのが好き……。



 好き、とは、どういうことだろうか?



 睡眠は身体の機能を保持するために必要だ。それはわかる。

 だが、必要性があってやっていることに好きも嫌いも無いと思う。

「私は呼吸が好きです」と言っているようなものだ。




 全て読み終わって、私は眉間を指で押さえて呟いた。



「俄には信じられないな……」

「アロイス様、ネージュ様はどんなことを依頼されたのですか?」



 ジョージが不思議そうにこちらを見ている。

 私は彼に手紙の内容の説明をした。



「そうなのですか……ネージュ様は、アロイス様がいない間にそんなことを……」

「私に対しての主な要求は、家名を出して魔力に関する研究発表をするのを許して欲しいということだ。それをすれば、今後の活動資金にもなるだろうからと。つまり……彼女はまだまだギルドでの活動を続けたいらしいな」



 息を吐き、彼女の姿を脳裏に思い浮かべながら言う。



「寝具を扱うギルドの話は傭兵から聞いていた。そんな技術力があるなら、わざわざ寝具など作っていないで戦闘用の魔道具開発にでも力を入れればいいだろうに――と思ったものだ。そのギルドを作った者は私の妻だという。何を考えているのだか――」

「――アロイス様。このジョージ、わかりましたぞ」

「ん?」



 長く家に仕えた使用人は、したり顔で手紙を見ている。



「何がわかったというのだ……?」

「ネージュ様の真の思惑についてです。ネージュ様がお好きなのは、お金儲けではないでしょう。そして……真に気にしているのは、眠ることでもないはず」

「眠ることではない……? なら、彼女は何を考えてギルドで活動しているのだ?」

「あなたです。アロイス様」

「なに?」

「ネージュ様が色々励んでおられるのは、全てあなたの気を惹くためですよ」



 ジョージの言葉に、私は暫く沈黙した。

 そして彼の真意を確認するべく言葉を返す。



「ネージュは私の気を惹くために、ギルドで活動を始めた……? 何でそう思った? 何を根拠に?」

「ネージュ様の扱う商品が寝具だからです。睡眠ギルドは寝室にまつわる商品を多く作って売っているようですね」



 それはそうだ。

 傭兵に話を聞いてから、私の方でも個人的に睡眠ギルドが出している商品について使用人に調べさせた。だから、寝室関連の品が多くあるのはわかっていた。



「アロイス様。いいですか、ネージュ様は寝室の環境を整えているのです」

「そうだな」

「寝室といえば……どんな場所だと思われますか?」

「寝る場所、というだけでは足りないのか?」

「パートナー同士が密に過ごす場所でもあります。例えば、夫婦のように」



 そこまで言われて、私にもジョージの言いたいことが薄々わかってきた。



「……ネージュは私を寝室に誘いたくて寝具の数々を充実させたと?」

「領地開拓から帰ってくるまでに、アロイス様がネージュ様のもとへ行きたくなるような環境を作り上げたかったのでしょう」

「そういう誘いをするなら、美容なり夜の薬なりの商品を開発した方が近道のような気がするが」

「睡眠ギルドの作った商品の中には、それに近いものもあるようです。アロイス様を誘いたいが、直接的なものは憚られる――そのような心の機微があったのでしょう。私にはわかります」

「……なるほど」



 ジョージの言葉を聞いて、私は考える。



「ネージュを愛さない」と結婚初日に伝えた。

 彼女はそれで問題ないと言って、契約書まで書いたのだ。

 それなのに私と二人の時間を作りたがり、私の愛を乞おうとする……。

 有り体に考えれば、契約違反だ。



(だが、まあ……)



 そう思う一方で、こうも思う。



(今まで私に近付いてきた者は、自分を高めようともせずに私の愛を求めるような者ばかりだった。そんな中で、ネージュは商品開発をして、結果まで出したらしい。そこは、まあ……認めるべきかもしれないな)



 ****



 領地開拓がひと段落したこともあり、私は使用人たちを領地に残らせ、ローハイム家に一旦帰宅することにした。

 ネージュへの返答と、これからの要求について考えながら。



(彼女の契約違反は咎めるべきだろうが……その一方で、彼女の努力自体は汲んでやりたいな。前よりも一緒にいる時間を増やしてもいいかもしれない。ローハイム家の名前で研究発表をするのも認めてもいいだろう。だが、今後商売をするにしても、睡眠ギルドはやめさせてもいいだろう。よし、こんなものだろうな)

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