82_領地開拓とネージュという妻について①(アロイス視点)
私がローハイム家の当主となったとき、先代――父親と話をした。
暖炉が爆ぜるパチパチという音の中で、父親の朗々とした声が響いていたのをよく覚えている。
「我がローハイム家は先祖代々の当主の働きによって大きな家となった。新しい当主であるお前が期待されることも変わらない。わかるな、アロイス?」
「『領地を管理し、領民を食わせる、そのための働きは惜しまないこと』」
「そうだ。だが、足りないこともあるな。言ってみなさい」
「……『色に溺れないこと。家を率いる主は人に固執するべきでない。家と領民を最優先にする生き物だと心得よ』」
「そうだ。良く分かってるじゃないか。忘れているのかと焦ったよ」
「とんでもありません、父上。最初に言わなかったのは、言うまでもないことだと思っていたからですよ」
私は父上にそう言った。
これは嘘やおべっかではない。
色恋に溺れた結果、家を凋落させる例を私は何人も見てきた。
婚約者がいながら私に近付いてきて色目を使う者も。
おかげで、私は恋や愛というものに希望が持てなくなった。
(この世界を生きるために一番大事なのは、一時の感情ではない。役割とそれを遂げるだけの能力だ。私はローハイム家の主として生きる力を持っている。それだけで充分だ)
世間体と女避けのためにいずれ妻が必要になるだろうが、情が絡むような妻は必要ない。いちいち機嫌を取らないといけない人間がいたら仕事の邪魔になるだけだ。
家のことなら使用人がやってくれる。
子供は必ずしも当主の夫婦が為す必要はない。親族の人間を当主として育て上げるのは珍しい話ではない。
私には弟がいて、弟は既に結婚している。そして息子がいる。
弟の子供はまだ産まれたばかりだが、「いずれ当主にするために養子にしても問題ないか」と聞いたところ、あなたがそれを望むなら――と返ってきた。
「ただし、兄様が奥様との子供が欲しいと思った際はそう言って下さいね」とも言ってきたが。
(弟は私と違って、色恋に興味を示す性格だった。幸い女性問題を起こすようなことはなく、妻との仲も良好らしいが。子供もまだまだ欲しいと言っていたな。自分自身がそんな暮らしをしているものだから、私に対してもいつか気が変わると思っているのかもしれない……)
だが、私にとっての優先すべき物事は違う。
当主が私になり、ローハイム家の課題は私が主に担当することになった。
うちの家の目下の課題は、領地開拓である。
過去の先祖の働きにより、ローハイム家が持っている土地は多くある。だがその全てをうまく使えている訳ではない。
作物が取れないが故に人間が住み着いていない土地や、そもそも魔物が跋扈していて人が寄り付けない場所もあるのだ。
(それでも今までは既存の税収でうまくやってこれた。だが、現状維持だけで満足するのは性に合わないな。俺の代では今まで手つかずになっていた領地の開拓を目指すとするか)
方針は決まった。
そして、遠くの領地の開拓に行く前に、やるべきことはやっておこうと思った。仕事の邪魔にならないような妻を娶ることだ。
妻を得るに当たって、いい条件を考えた。
ローハイム家の家名を汚さないように、歴史のある古い家がいい。
それに加えて、現在は力が弱まっている家ならなおいい。
私が妻に対して言う数々のことを聞き入れてもらう必要がある。その為には、妻の家に権力があり過ぎると困るのだ。
結果、私はフラウス家の娘に婚姻を申し込むことにした。
結婚当日に顔合わせをした、私の妻――ネージュ・フラウス。
柔らかそうな淡いブロンドの長い髪と、色素の薄い紫の瞳。
そんな外見を持つ彼女は、どこか虚ろな目をしてローハイム家に現われた。
(……少々意外だったな。少なくともフラウス家よりはローハイム家の方が経済状況はずっと良い。彼女からすれば願ってもない縁談ではないかと思ったが……嬉しくないのか? それとも、大っぴらに喜びすぎないように取り繕っているだけなのか?)
その疑問は胸にしまったまま、私はネージュにこの結婚について説明することにした。
私の結婚の思惑を聞いたら、彼女は内心喜んでいたとしても不満を持つことになる可能性は考えていたからだ。
「君を愛することはない」と伝え、結婚の実態について説明した。
すると、ネージュはむしろその瞳に活力を取り戻したように見えた。
契約ごとなのだから紙に残しましょうという提案までしてくる。
(どういうことなのだろう? これを伝えたら、少なからず落胆されるものかと思っていたが……どちらかというと、彼女は活き活きし出したように見える)
心の中で困惑しつつ、むしろこれは喜ぶべきか――とも思った。
どうやらネージュは私の言い分を全面的に聞き入れてくれるらしい。
これで後顧の憂い無く領地開拓に取り掛かることが出来るだろう。




