81_アロイスとの再会
私はシエラを初めとした使用人に事情を説明した。
その上で、アロイスに手紙を出すことにした。
今まで睡眠ギルドでやってきたこと、その中で魔力について新たな発見をしたこと、研究発表を勧められていること……。
研究の申し込みのためには身分証明が必要であり、ローハイム家に影響の出てくる問題なのでアロイスの意見を聞きたいということ。
「アロイス様も領地の開拓でお忙しいでしょうから帰ってくる必要はありません、ただ手紙を返して下さればそれでいいです」と書き添え、封をした。
手紙を出し終わった後、シエラが私に話し掛けてきた。
「改めて見ると、ネージュ様は本当に沢山のことを成し遂げてきました……。アロイス様も驚かれることでしょうね」
「……悪い意味で驚かなければいいと思うけどね」
「ネージュ様はアロイス様のご不興を買うと考えているのですか? あの方は勤勉な方を好みます。ネージュ様のやってきたことを知れば、きっと高く評価して下さると思いますが」
「私は別に勤勉じゃないわよ」
私はシエラの言い分を否定する。
勤勉な者というのは、シエラのような人間を指すのだろう。主のどんな命令であってもきびきびこなす様を見ているとそう思う。私が家に来る以前からアロイスに使用人として信頼されていたことが伺える。
それに比べると、私は全くもって勤勉ではない。
私は趣味である睡眠に関わることならば頑張れるというだけで、その他の色々なことに対して切磋琢磨して励もうという気持ちにはならない。
自分で料理をすることもあるけど、基本的には使用人が作った料理の方が美味しいと思うし。
商売をする上での諸々の作業はマーシーにお任せしてることも多い。
勉強は全然しないけど、ゲームはずっとやってしまう、という人間を勤勉とは言わないだろう。それと同じだ。
ホテル審査の後もカミラは度々連絡をしてくるようになったけど、「あなたの寝具の素晴らしさには感銘を受けているけど、生活態度が持てる者としてのそれになっていない」と度々苦言を呈されている。
要は睡眠以外に対しての主体性のなさを見抜かれているのだ。
「……それでも! 他の分野ではそうでないとしても、事業の実績を見ればネージュ様が勤勉に働いたことはわかる筈です。アロイス様もそこは評価して下さる筈!」
「そうかしら……」
「本来ネージュ様は必ずしも商売をすることには乗り気でなかったのに、あなたの作る寝具の素晴らしさに行動を誘導したのは私です。慣れない作業もして下さってありがとうございます…! ネージュ様のご好意に報いられるよう、これからもご命令下さいませ!」
そう言って、シエラは目を潤ませて私の手を取った。何やら盛り上がっているようだ。
彼女がそう言ってくれること自体はありがたい。
だが、アロイスがシエラと同様のリアクションをするとは思いがたいが……。
夜になり、一人になって寝室に行っても、私はまだアロイスについて考えていた。
(そもそも、アロイス様が寝具開発に対して何を思うか未知数だわ。最近は少しずつ睡眠の有用性が見直されてきてはいるけど、遠い領地にいる彼がそれをどこまで把握してるかなんてわからない訳だし……)
「寝具なんてわざわざ手を掛けて開発するほどのものではない」とか言い出してもおかしくない。
……いや、寝具のことを良く思わなかったとしても、魔力向上の研究は誰にとっても益がある筈だ。それなら、アロイスは研究発表を許可してくれるだろうか。
(わかんないな……)
彼がどう出るかわからない。
何故なら、私はアロイスとほぼ接点が無いからである。
結婚初日に今後の結婚生活のことを話し合って、それからアロイスはすぐに遠くの土地へ領地開拓へ行った。
それから一年以上経ったが、その間に関わったことはない。だから彼の人となりはほぼ何もわからないのだ。
(……でも、結婚初日に『愛することはない』って言ってきて、その後もずっと関わりが無いくらいなんだから、少なくとも過干渉ではないよね。むしろ放任主義なのではないかしら。私があれこれしたいって言ってきても、犯罪とかでも無い限りほっといてくれるんじゃないかな……?)
そう考えると、「研究発表をしたい」ということくらいは受け入れてくれるかも――という気持ちになってきた。
使用人たちの話を聞く限りでは、アロイスは仕事に力を入れるタイプらしい。私の魔力向上の研究はアロイスの領地開発にも役立つだろうし、拒否することはないだろう。
(うん。そうだよね……きっとそう)
自分にそう言い聞かせると、呼吸が少し落ち着く気がする。
寝る支度を済ませた私は、全ての体重をベッドと枕に預ける。
(……不思議ね。私の寝室はこんなにも快眠のための環境が揃っているのに、ちょっと心配ごとが出来ただけで眠れなくなるなんて……)
なんなら、王都のロフトハウスの方がのびのびと眠れるくらいだ。
あそこの場所はアロイスに知られていないのだから、彼が来訪する可能性は無い。おそらくそれが理由なのだろう。
(アロイスに嫁ぐ前、今後の生活はどうなるかの心配で眠れなかった。多分それが影響してるのね。また会う可能性が出てきたから、あのときの気持ちがぶり返してるんだ……)
私は照明を落とした寝室の中で深々と息を吐いた。
心配事があると眠りづらくなる。それは生物としての本能に根ざしているのだろう。
でも、この課題を乗り越えたら、後は大きな心配事はなくなる……はず。
そもそも、アロイスが手紙で『問題ない』と返してくれればそれで終わるのだ。顔を合わせずとも済む話かもしれない。
――アロイスに再び関わることになってから、少しばかり睡眠に支障が出ていた。
でも、今日からは元通りまったりと眠れそうだ。
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手紙で返事を出してくるかもしれないという私の予想は外れた。
アロイスは再びローハイム家に現われた。
シエラを初めとした使用人たちが家の主を迎えるも、彼は「妻と二人で話がしたい」と切り出したため、私とアロイスは二人で応接室で向き合うことになる。
(妻……妻って誰だっけ、って思っちゃった。私しかいないか。そうか、この人が夫か……)
書面上ではそうなっているのは勿論わかっている。だが、一年以上離れていたのもあってどこか現実味がない。
艶のある黒髪に赤い目。
その風貌には変わりがないが、前に会ったときと比べるとどこかシュッとした、というか……少し痩せたように見える。
(領地開拓のために遠出していたんだものね。身体を動かしていたなら痩せることもあるでしょうね)
少し不思議なのが、手紙を受け取ってからこの家に戻ってくるまでかなり短い期間だったことだ。
「早く帰ってこようと思えば取れる移動手段はある」とシエラが言っていたから、何らかの技術を使ったのかもしれないが。
私が頭の中で考え事をしていると、目の前のアロイスが口を開いた。
「ネージュ。顔を合わせるのは久しぶりだな。要件は手紙で既に確認済みだ」
「それなら良かったです。ではアロイス様。私の研究発表に関してローハイム家という身分を明かすことを認めて下さいますか?」
アロイスは一拍置いてから、私に向き直って口を開いた。
「ネージュ。ローハイム家の家名を出すこと、認めよう。が……」
「が?」
「君の要求を吞むには条件がある。寝具開発などということはもう辞めにするんだ。商売がやりたいなら、私が携わろうとしているものに関わればいい。もともと寝具の事業は私の気を惹くために始めたんだろう? もう必要ないじゃないか」




