80_アロイスと向き合う時が来た
カミラの雰囲気がどこか変わった。
彼女は私をまっすぐに見つめながら言葉を続ける。まるで仕事相手に指導しているみたいに。
「ネージュさん。あなたが書いていた魔力を高める方法については、まだ世間には知られていないのよね?」
「世間……? あれは比較的最近に……ホテル審査の作業をしている最中に思いついたものです。知っている者はギルドのメンバーと、カミラ様、あなたくらいですね」
「いけないわ」
「えっ?」
「魔力については今まで判明していないことも多かった。その中で、あなたは魔力を高める方法を作り出した……。この事実をホテルや寝具店で細々と消費するのはあまりにも勿体ないわ。公的に研究の成果を発表すれば、国から表彰されるでしょうね」
「え? え?」
前のめりになって語るカミラに、私は戸惑った。
研究の成果の発表? 表彰……?
(……そういえば、イリスが新商品を開発したときそんなことをやっていたような気がするけど)
魔術師には学会のようなものがあって、そこで新技術を発表して認められると、大いに箔がつく。
国や多数の貴族から援助の資金を貰えることもある……。
学会で認めて貰うことは魔術師の誉れと言われているのだとか。それを目覚して皆日々励むものの、何も研究を成功させられないままに引退する者も多くいるらしい。
過去に聞いたことを思い起こしつつ、私はカミラに返す。
「魔術師がそう言った研究結果を共有することがあるのは知っています。ですが、私はそういった手続きをするほどのことはしていないと……」
「あなた、何を言っているの? あなたの仮説が実際に効果があったということはわたくしが保証するわ。無論、きちんと発表するためにはもっと多くの人間に対して実験を行わないといけないけれど、あなたなら出来るはず」
「私なら……といいますか、ギルドのメンバーで研究をする形になりますかね。元はといえば睡眠の質を良くするために考えた仮説ですし。仮に発表や登壇をしてもらうとして、ギルドの他のメンバーにお願いすることになると思います」
「――ネージュさん。あなた、もしかして勘違いをしているんじゃない?」
カミラの眼光がぎらりと鋭くなった。
私は戸惑いながらも彼女に確認する。
「魔術師としての知識は私にはほとんどありません。何か思い違いがありましたでしょうか……?」
「商品の発売はギルドを通して為されるし、開発者が全面に出ることも殆どない。だけど研究は別よ。研究の結果を発表するのは基本的に一人なの。仮説の発案者か、その理論を実現まで持っていった人間なのか……それで意見が分かれることもある。でも、今回の場合はそういったことは考えなくていいわよね。仮説を考えたのも、それを実現させたのも、ネージュさん、あなたなのでしょう?」
「それはそうですが」
私はイリスと一緒にいたときのことを思い出す。
「この研究結果は私のものとしてもいいのでしょうか」と確認されて、私の夢想を実現まで持っていったのはイリスなのだから、当然イリスでしょう――と返した記憶がある。
彼女はそれを受けて「私の家のネームバリューも最大限に使って活動資金を集めたらネージュ様に還元します」と申し訳なさそうに言っていたような。
そもそも私が魔術師として何かの発表をすることになるという認識が欠けていたし、他にやりたいことも沢山あったから、あのときのやり取りは今まで忘れていた。
でも、今思いだした。研究の権利関係は色々とやることがあって大変なんだな、と思ったことを……。
「それなら決まりね。ネージュさんが発表者になるのよ。審査を受けるためにはこれまでの経歴を出す必要があるけれど、新商品を開発してギルドで売り上げたという実績は評判がいいと思うわ。寝ることは怠惰なことという見方が根強かったけれど、あなたの働きのおかげで少しずつ見直しが為されている最中ですし、この研究が認められたら更にその潮流は加速するでしょうと――」
「……ちょっと待ってください」
カミラはこれからの未来の展望を目を輝かせながら話している。
彼女の言うようなことが実現するなら、私だって嬉しい。
でも、発表の流れの中で聞き捨てならないことがあった気がする。
「あの、研究の発表には身分証明が必要なのですか?」
「勿論よ。研究者の責任の所在を明らかにするために一度身分を洗う必要があるの。かつて犯罪をやっていて罪の償いもまだだとか、他人の研究成果を盗む常習犯が姿を変えて潜り込んだだとか、そういう魔術師にも中にはいるから。といっても、あなたならそんなに心配事はないでしょう?」
「…………」
カミラの言葉に、私は顔を伏せた。
私はセンセーショナルな発見をしたらしい。
この発見について学会で報告すれば、表彰を受けられるのも夢ではないという。
(イリスが言っていたことだ……学会で認められた実績があれば、色々な道を開けるんだろうな)
ホテルを一つ開くだけじゃなくて、沢山の地方にホテルを開けるかもしれない。寝具店も店を増やしていったように。
他にも、色々な事業の足がかりになるかもしれない。
それはいいんだけど……。
(学会では身分を示すことが必要……なら、私の身分をこれ以上誤魔化し続けるのは難しいかもしれないわね)
私が脳裏に思い浮かべるのはアロイス・ローハイム……私の書類上の夫のことだ。
彼と結婚した当初、「日々の活動はローハイム家に影響が出ないように」という条件を出された。
私は今までその約束事を破らないようにしてきた。
ギルドであれこれと作業をしてきたけど、ローハイム家という私の実際の身分は隠すようにしてきたのだ。
(ギルドは身分問わず色々な人が出入りするからなんとかなった。でも、学会はそうはいかないみたい。偽の身分を渡したら大問題になるかもしれない。それこそ、睡眠ギルドに影響が出るくらいには)
暗い未来のことを考え、私は俯く。
そして、ぽつりと呟いた。
「……カミラ様。新しい発見をしたからといって、絶対に発表しないといけないかというと、そうではありませんよね?」
「何ですって?」
「私は魔力向上のやり方を発見したことは今後の商品展開に活かしたいと思っています。魔力を鍛える方法と睡眠に相関関係があることを示せれば、より寝具の人気も上がると思いますし。ですが、研究結果を共有したいかというとそうでもなく……」
「甘いわね」
カミラはばっさりと私の言い分を切って捨てた。
「あなたの言う通りに新商品を出したとしましょう。そしたら、『この技術はまだ誰のものにもなっていない』と認識する者が出てきて、その者が発見したことだと主張される可能性があるわ」
「そ、そうなのですか? でも、時系列として私たちが新商品を開発した方が前なら、その主張は通らないのでは……」
「『自分が頭の中で考えていたが、たまたまギルドが似たような商品を作った』と主張されたら、それを覆すのは難しいわ。そんな風に権利関係で諍いを起こさないためにも、新しい技術を発見した者はさっさと審査に申し込むのよ」
「う……」
カミラの説明に私はたじろぐ。
……元魔術師だったこともあって、私よりも遥かに魔術の研究結果の取り扱いに詳しい。
穏便に済ませるために学会での発表の回避も考えたけど、難しそうだ。
「そもそも、ネージュさん。わたくしはあなたに言いたいことがまだあるのよ。睡眠に関することではとても、とってもお世話になったけど! あなたの態度には思うところがあるわ。力があるのにそれを隠そうとするのは決して褒められることではないのよ。ノブレスオブリージュの精神を思い起こしなさい。周りにアピールするように振る舞うのもある種マナーのひとつなのであって」
(薄々思ってたけど、カミラ様って教えたがりね……)
滔々と語るカミラの言葉を聞きつつ、私は心の中で考える。
……今まではアロイスの意見を伺うことなく楽しくやってこれた。
でも、そろそろそうはいかなくなってくるのかもしれない。




