78_カミラと旦那と私①
とある日、私はコンシェルジュとして、ホテルで一組の男女をもてなすことになった。
私の親ほどの年齢の男性と、それよりは一回り若い女性。
二人はべたべたとくっつきながら従業員――私やホテルにいる他のスタッフ――に話し掛けてきた。普段ならばあまり関わりたくないタイプの人間である。
が、仕事だから、カミラに対してしたようにきっちりともてなした。
一晩経って、朝。
朝食を済ませた二人は、話しながらロビーに出てきた。
「これがカミラが担当したホテルか……アマレット、どうだった?」
「ん~なんか、想像より地味じゃなかった? 確かに、身体は楽になったわよ? お風呂は気持ち良かったし、食事もおいしかった。寝具をこんなに見るのも初めてだけど、使ってみると悪くなかった。でも、もっと広いダンスホールとかがある場所だったら良かったのに」
「確かにな。あいつ、俺たちの好みを知ってるだろうに。確かに寝床は良かった、うちにも取り入れたいと思ったくらいだ……だが、今度はもっときらびやかなホテルを担当してもらうように頼むか」
「お願いね!」
(言いたいように言ってくれるわね)
私は心の中で考えた。
一応ホテルの力を入れた部分を褒めてくれたこと自体は嬉しい。だがその他の感想は従業員がいる場所で言うべきではないのではないか。
貴族からすれば、従業員への印象など取るに足らないこと――そういうことなのだろうか。
今回もてなすことになったのは、ダルトンとアマレット……カミラの夫と、その妾である。
私はカミラから頼まれて今ここにいる。
ホテルの審査の結果とは別に、カミラから睡眠ギルドに手紙が届いた。
私はそれをマーシーから聞かされた。
「ネージュ。カミラからあんたが指名されているぞ。ホテルに宿泊するのだと」
「え……? ホテルの審査はもう終わった筈よね? まさかまだ審査があるの? 最終試験を乗り越えないと開業は出来ない、みたいな……」
「そういう訳じゃない。ホテルの審査が通った後、ホテル審査員の関係者が泊まりに来るのはそこそこよくあることだ。最後の点検、微調整、のようなものだな」
「そうなのね……。カミラの場合は夫が泊まりに来るのかしら?」
「夫と、女性だ」
「……え?」
「平たく言えば妾だな。カミラが審査したホテルに夫と妾が泊まる――そんなことは今まで良くあったらしい」
(えげつないわ)
貴族に妾がいること自体はそこまで珍しいことではない。
だがカミラの家の事情を知った上で聞くと私は困惑してしまう。正妻の仕事関係の場所に対してそういうことをするのはこの世界でも滅多にないのではないか。
まあ、正妻――今回の場合はカミラ――が夫のやることを許容しているならば、外野があれこれ思う必要も無いんだろうけど。
「コンシェルジュさんよ、チェックアウトだ。二回目来るかは考え中だが、疲れている人間にはいいホテルかもしれないな。でももっとパートナー持ち向けの施設もあった方がいいんじゃないかと思ったがな。机の中にあんなしみったれたパズルしか無いなんてケチくさいと思ったぜ。ははははっ」
「貴重なご意見をありがとうございます」
アマレットの肩を抱きながら笑うダルトンに向かって、私は頭を下げる。
決して、あなたの意見を取り入れます、とは言わない。厄介客が来たらこういう風にいなすんだとレクチャーしてくれたマーシーには感謝している。本当は彼も一緒にいてくれたらもっと心強かったけど。
……そんなことを考えていると、ロビーにある人が現われた。
「カミラ?」
「あら、カミラ様? どうしてここに……?」
ダルトンとアマレットは現われた人間――カミラ、そしてその後ろにいる使用人――に対して驚いた表情をした。
内心驚いているのは私もである。
(手紙に書いてあったのは、『ダルトンとその連れを接客して欲しい』ということだけだった。カミラが出てくるとは書いてなかった。どうしてここに……?)
そう思いつつ、私は接客スマイルを貼り付けてその場から動かないようにした。
客同士のやり取りには入らない、が鉄則である。
寝具のためなら働くのは苦ではない。が、それ以外の面倒くさそうなタスクはなるべくしたくない。
今の状況のように、人間関係が拗れていそうなところには特に入りたくなかった。
「カミラ。どうしてお前がここに……は、そうか。夫がいない夜は寂しかった、というところか?」
「カミラ様ぁ、私たちの子供に手を出したりしていないですよね? ちゃんと別邸で過ごしてますよね? いない間に嫌がらせでもされてたらと思うと気が気で無いんですけどぉ」
「そう思うなら、二人きりで宿泊などしないで家にいればいい。それに、アマレットさん。今回話に来たのはあなたのためじゃないわ。ダルトン。あなたに言いたいことがあったの」
「ほう、俺に? 一体なんだ?」
「ダルトン……あなたと離婚したいの」
「なに?」
「えっ」
(え?)
カミラは、業務連絡をするかのように淡々と言った。
そして、使用人に命じてある書面を取り出させ、ダルトンにそれを見せた。
「な、なんだ? 離婚の届け出……? もうサインもしてあるだと?」
「わたくしの家に相談したわ。事情を話したら快くサインをしてくれた。ダルトン、あなたに嫁いだのは、志半ばで終わった魔術師の夢の続きが見たいからだった。でも、今のあなたは既に魔術師として鍛えていく気持ちは無いみたいね。だから……お別れよ」
「ちょ、ちょっと待て。カミラ、お前の実家の力が無くなったら、俺は……」
「ダルトン様ぁ、どういうことですかぁ? あなたの家自体には力が無いってこと? 話が違うじゃない!」
(修羅場ね)
私はホテルのロビーの隅から彼らを見つめていた。
正確にいえば、うっすらと視線を外しつつ様子を伺っていた。存在を気取られてカミラの夫や妾に絡まれるのは嫌だったからである。
「良いコンシェルジュというのは、客にとってその存在を感じさせないものである」と聞いたことがある。
コンシェルジュのサービスが客にとって心地がいいからこそ、宿にいるときは自然に溶け込んでしまう。だが、ホテルから帰った後に「あの担当者は良かった」とじんわりと想起される。そういう存在を目指せ――そんな風に言われているのだという。
(私は別にコンシェルジュとして働き続ける予定はない。でも今は理想のコンシェルジュを体現したい。具体的に言うと空気のような存在になりたいわ。この修羅場に巻き込まれず、早く解放されますように)
「……ダルトン。ネージュさんの接客を受けて、このホテルに泊まって、そしたら考えが前向きに変わるものかと期待していた。でもそうはならなかった。残念だわ」
(あっちから巻き込んできたわ)
なるべく私の名前は出さないでくれないかなと心の中で念じた。あと接客といっても私は大したことはしていないと思う。他のスタッフと変わらないことしかしていない。
やがて、カミラの使用人と思わしき男性が「ここではなく外で話しましょう」と提案した。
とりあえずそれに従うことにしたのか、ダルトンとアマレット、それにカミラ――彼らは去って行った。




