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75_カミラの対策にやったこと①

 私には前世で過ごした記憶がある。

 暫くはそれを忘れていたが、ある日に一気に思い出した。



 が、前世の記憶の全てを思い出したかというと、それは違う。

 記憶の殆どはアロイスに嫁ぐ前夜に取り戻した。

 だが、その後も断続的に記憶が蘇ることはあった。



 それは何も無い時に起こるのではなく、大抵トリガーとなる出来事がある。

 例えば、今世でジェラートを食べたとき、前世でもああいう店に行ったな――などと思い出すことがあった。つまり、今世と前世で共通点のある状況になったときに記憶が呼び起こされやすいらしい。




 ローハイム家で中途覚醒の実験をして、中庭でシエラと話しているとき、私はあることに気付いた。



(そういえば、あったわ。こんな風に眠気で頭が支配されて抗い難くなる時期が……)




 私は前世の諸々のことを思い出した。



 前世の私は今ほど睡眠を重視していなかった。

 裏を返せば、普段はそこまで睡眠を必要とはしていなかった。五時間睡眠はきついにはきついが、やれないことはない、そんな感じで日々を送っていたのだ。



 が、ある時期に強い眠気に襲われるようになる。

 もっと活動したいのに、長時間眠ってしまう。

 私はそれを身近な人間――母親に相談した。



 彼女は落ち着いた様子でこう語った。



「きっとあんたはあたしと同じ体質なのね。今度病院で検査してもらいましょうか」

「私、病気なの……?」

「といっても、多分重病ではないわ。女性ならよくある体調不良よ。多分――貧血よ」

「貧血」

「あたしもそういう体質だから。……遺伝だとするなら、あんたは歳を取ってから別のことで苦労するかもね。あたしが今、そうだから」

「お母さんも何かあるの?」

「あたしはね、あんたとは反対のこと。歳を取ったら長く眠れなくなったのよ。で、この間から対策で食べてるものがあって……」



 ――母親とそんなことを話し合った日があった。



 家族みんなに対して言えることだけど、前世では早世して置いていく形になってしまった。

 せめて今は私抜きでも元気に過ごしていて欲しい。

 私から返せるものは無くなってしまったけれど、前世の知識を今世の人々に役立てることで罪滅ぼしとしたいものだ。



 そうだ。

 前世の記憶を思い出した上で、私は悟った。

 カミラが抱いている悩みの原因も恐らく同じなのだろうと。



 貧血。

 第一の原因は、これだ。



 貧血とは、血液中の赤血球に含まれるヘモグロビン量が低下した状態を指す。

 ヘモグロビンは体内に酸素を運ぶ役割を持つ。そのヘモグロビンが少なくなると、身体に酸素が行き渡らなくなるのだ。



 そして、貧血は中途覚醒の原因の一つでもあるのだという。



 貧血の多くの原因は鉄分不足だ。



 鉄分が不足すると、夜間に睡眠を深くする物質がうまく生成されなくなる。

 その結果、眠りが浅くなって途中で覚醒しやすくなる……らしい。



 この世界では、ある程度歳を重ねた女性は『体力、魔力不足になる』と認識されている。

 そのため、結婚した後の女性は程なくして家庭に入ることが推奨されているのだ。



(どうして大人になった女性がそんなに弱体化すると見られているのか不思議だった。もしかしたら、前世と今世の医療レベルが関係しているのかもしれない)



 女性には月経や出産があるため、男性よりも鉄分不足に陥りやすい。

 前世だとそれを補うための栄養食品や薬が流通していたが、この世界だとそれが無い。『体調不良の原因は鉄不足』だと認識されていないからだ。




 女性の魔力は歳を重ねると大きく減少するのだといわれている。

 私はこれも鉄不足が影響しているのだろうと見ている。



 魔力を帯びて生まれる人間が限られることもあり、魔力の原理についてはまだ詳しくわかっていないことも多い。

 魔力は人間の体内を巡っている。

 怪我や病気などの体調不良に陥ったときは魔力も弱くなる。

 ――この世界で一般的に流通している知識は、そんなものである。



(おそらくそれ自体は間違っていない。でも、もっと細かい情報は見落とされてるのかもしれない。魔力が宿っているのは、『体内の酸素』なんだ)



 体内の酸素は血液が循環することによって身体中に運ばれていく。身体中に酸素が行き渡っていれば、魔法のための魔力も満ちた状態になる。そういったサイクルになっているのだろう。



 魔術師は歳を取れば魔力が大きく減少するから引退、故に子供の頃から早期教育をするものだと聞いた。

 女性の魔力が減る理由は貧血になりやすいからだろう。

 男性の魔術師で魔力不足になるケースは、恐らく『デスクワークの多さ故の血流悪化』が大きい。



 リンハイルは寝具店のマットレスを使うまで腰痛に悩まされていた。魔術師の多くは腰痛になり、そのまま引退していくらしい。

 その背景には『血流悪化による魔力の減少』があるのだろう。




(リンハイルは先祖代々高名な魔術師の家系だった。そういう家の人間なら生まれ持った魔力量が多くて、多少魔力が減少してもやっていけるのかもしれない。でも、もともとの魔力量がそこそこだとそうはいかない。だから一般的な魔術師は歳を取ると引退する者が多かったんだ)




 カミラは氷の入った冷たい飲料や氷菓子を好むと聞いた。

 初めて顔を合わせたとき、彼女は実際に氷の入ったアイスコーヒーを飲んでいた。



 今ならわかる。この特徴は貧血の症状と一致しているのだ。



 鉄不足の症状のひとつに、氷食がある。



 貧血の症状のひとつに、体温調節がうまく行かなくなり、その結果無性に氷が食べたくなるというものがあるらしい。カミラはそれもあって氷の商品を好んでいたのだろう。

 カミラがよく氷の食べ物を欲していたのは、栄養不足に起因しているのだ。



 中途覚醒を繰り返して充分な睡眠を取れないカミラは、よくコーヒーを飲んで眠気を飛ばしていたのだろう。



 そして、コーヒーにはある作用がある。

『鉄分と一緒に取ると鉄分の吸収を阻害する』という作用だ。



 食べ物や飲み物は、口に入れれば全てを栄養として吸収出来る訳ではない。食べ合わせというものがある。一緒に食べる食品によっては栄養を阻害するものがあるのだ。

 眠気を飛ばすためにコーヒーを飲み続けたカミラは、それによってより貧血に陥っていたのだろう。

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