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72_コンシェルジュ・ネージュ①(カミラ視点)

 睡眠ホテルの審査の日になった。

 ホテルの審査は実際に宿泊する客のひとりになった体で行う。故に、審査は午後の遅い時間から開始することが多い。

 今日もそうだ。わたくしの本日の仕事は、夕陽が傾いた時間から始まる。




 睡眠ホテル……いや、正式名称はデイドリームホテルと言うんだったか。

 その名前を書面で見たとき、ある意味名前はピッタリね――と思った記憶がある。白昼夢でも見ているかのように胡乱なコンセプトのホテルだったからだ。



(あのギルドの中心人物らしい人間、ネージュには既に言いたいことは伝えた。本当はもっともっと言いたいことがあったけど、ぐっと堪えて重要な点だけ教えた。わたくしはよくやったわ。そうよね)



 頭の中で自身にそう言い聞かせながら、わたくしは馬車を降りる。

 少しふらつく足を従者が支えてくれる。



「カミラさま、こちらです」

「ああ……そうな」



 私は導かれるままにホテルの入り口へと近付いた。



 デイドリームホテルはもともと存在した別のホテルの建物をそのまま使っている。わたくしもそのホテルは知っている。見知ったホテルの外観が目に入る。

 それと同時に、気に触る人間の姿が視界に入ってきた。



 ふわふわで長く色素の薄い髪。

 睡眠ギルドの発案者、ネージュがホテル従業員の装いをして入り口に立っている。



「お待ちしておりました、カミラ様」

「……コンシェルジュのような格好をしているのね。あなたはこれからギルドでの商売をやめてホテルで働くつもりなのかしら?」

「そうではありません。今回は特別に……カミラ様のために参った次第です」

「わたくしのため……?」

「カミラ様が事前にホテルに進言してくれたことについて、よく考えようと思いました。あの日に面会したのは私。どういう結論を出したか、直接お伝えしたいと思ったのです」

「……そう、なの。では、デイドリームホテルはコンセプトを変えるということね? パートナーのための癒やしの空間へ――」

「そうではありません」



 ネージュの返答に、わたくしの顔はぴしりと強張る。

 ――この女。



 対面のわたくしの様子に気付いていない訳ではないだろうに、ネージュはすまし顔だ。

 彼女が何を考えているのかわからない。

 さっき、わたくしのために来たと言ったときは――かわいいところもあるじゃないかと思ったのに。


 当てが外れた。

 こんな人間のために、わざわざ時間を取ってアドバイスの面会なんてしなければ良かった。



 ネージュは年若い。わたくしの子供と言っても違和感は持たれないだろう。

 そんな人間にも助言を無視されたのかと思うと、頭がかっと熱くなる。

 審査なんてせずに、すぐに不合格としてしまいたくなる。



(いえ、でも……それは駄目。相手が無礼な人間であっても、務めは果たさなければ)



 わたくしはそう考え、熱くなった身体を覚ますように息を吐いた。



 審査はする。

 でも、嫌味のひとつくらいは言っても罰は当たらないだろう。



「……あら、そう。結局のところ、わたくしの意見は取るに足らないものと却下された訳ね」

「とんでもありません。カミラ様のご意見があったことで、私どものホテルをさらに良いものにすることが出来ました」

「……?」

「入り口はこちらです。これからの宿泊の時間、よろしくお願いします」



 そう言って、ネージュはわたくしを導いて入り口の扉を開いた。


 ****


 ホテルのエントランスには、香りが漂っていた。



(これは……何かしら? 何かのフレグランス?)



 香水には馴染みがあるが、この香りは初めてだった。

 先程まで胸がむかむかしていたのに、深呼吸をしてホテルの香りを堪能すると、胸のむかつきがすっと落ち着いていく心地がする。



「カミラ様。まずはこちらをどうぞ」

「これは……?」

「お越し頂いたお客様にサービスのドリンクです」



 ネージュがこちらにグラスを傾ける。

 その中には、ぶどう色の液体が入っている。ワインだろうか?


 ウェルカムドリンクがあるホテルは他にも経験したことがある。

 いただくわ、と断ってドリンクを口にした。



(……!)



 わたくしは、その飲み物の味に目を見開く。

 ワインの風味を想像していたが、違った。


 このドリンクは甘酸っぱい。

 それでいて――何かが身体に染みこんでいくような。

 まるで失われたもの、欠けたものが埋まっていくような……。



「カミラ様、お味はどうでしょうか?」


 間近でネージュが聞いてくる。

 わたくしはふいっと顔を逸らしながら言った。



「……それぞれの感想をここで教えるなんてことはしないわ。審査の内容は後で纏めて伝えます。あなたは客へのもてなしを優先しなさい」

「かしこまりました」



 ネージュの返事を聞いて、わたくしは小さく息を吐いた。

 良かった。

 このドリンクはとても美味しかった、どうやったらもっと飲めるのか――と衝動的に聞きたくなったけど、それを抑えることが出来て。



 ****


 夕食はこの近くの土地で取れるものを使用したコースだった。

 自身の美容のために食べる量は控えめにしているが、少しの量でもよく調理されていることはわかった。素材もいいものを使っているようだ。



(特に、このスープ……気に入ったわ。使われている素材は、豆かしら? あまり馴染みが無いようだけど……)



 いつも食事で食べている豆とは微妙に種類が違うようだ。

 ――だが、普段と違うものが食べられるというのは、旅の宿としては合格点と言っていいだろう。



(でも、ホテルは食事だけが良ければいいというものではない。それならばレストランに行けば事足りる。他のサービスも審査しなければいけないわ)

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