70_カミラとその家族について②
「……で、もうひとつ。カミラ女史と家族について、だね。睡眠の悩みについてはまだまだ解決策がわからないが、こちらの方は大体の調べはついている」
「ありがとうございます……! 助かります!」
そして、リンハイルはこう語った。
カミラの家――嫁ぎ先のブリスウィッツ家というのは、かつて名門の魔術師の家系だったらしい。ハートウィック家ともその鎬を削る関係だったようだ。
だが、今は過去の栄光は息を潜めている状態なのだとか。
ブリスウィッツ家に新たに生まれる人間に魔力が備わっていないことが多かった。魔術師として大成出来なかった。
それを繰り返すうちに、ブリスウィッツ家の魔術師の家としての名声は失われていった……らしい。
「だが、今の領主……ダルトン・ブリスウィッツか。彼には野心があるらしい。ブリスウィッツ家を再興させるために、様々なことをしているようだ」
リンハイルは詳しい調査をしてくれたようだ。
その結果、色々と未知の事情が浮かび上がってきたのだという。
「ダルトンは、様々な手段からブリスウィッツ家を魔術師の家として復興しようとしているようだ。彼の魔力はさほど高くはないが、若い頃にある土地の調査で魔石を大量に掘り当てた実績を持っている。運が良かったんだな。その時に得た金で様々なギルドに投資を行ったりして、家名を上げようとしているようだ。魔術研究以外で実績を積もうとしているんだな」
「沢山の活動をしているのですね……」
リンハイルの話は未知の知識を教えてくれる。
魔術師の世界にも色々あるようだ。
「魔力量が少なくても、魔術師の家の名声を上げる方法はあるのですね」
「……どうだろうね。僕はダルトンのやっていることに懐疑的だが」
「そうなのですか?」
「ダルトンが投資したギルドは、客に商品を売るまでが全て、後は知ったことではない、という態度を取るものが多い。長く愛されるような品を生み出すことは出来ず、やがて消えていく。一時の稼ぎが得られるだけだ。ダルトンは家に金を集めるために質の悪い商売を支援している。そんなことより、魔力が少なかろうと鍛錬をしたり、周りのサポートをするのがあるべき姿だ。だが、彼はそういった地道なやり方を選ばなかった」
「……」
「邪道といえば……彼の妻、カミラ女史もそうだな」
カミラに話題が戻ってきた。
もともとは彼女を調べるという話から始まったから、こちらが本題だといえる。
「ホテル審査のギルドに入ったのは……カミラ自身の希望ではないようなんだ」
「そうなのですか?」
「カミラの夫、ダルトンの希望だったようだね。彼がカミラを働かせるように他の者に取り計らった。その話を聞いたときは、カミラ女史の希望もあってのことかと思ったが……今となってはそうではなかったのもしれないな」
「でも、どうしてダルトンはホテル審査のギルドで妻に働いてほしいと思ったのでしょう。貴族としては、妻には家を守ってもらう方が主流なのでは?」
夫は十分な稼ぎで家の者を食わせて、妻には家を守ってもらう。これが主流の考え方の筈だ。
ダルトンの行動は今の世の中では中々珍しいと思う。
リンハイルは肩を竦めて私に返事をする。
「まあ、一般的にはそのやり方を選ぶ者が多いが……ブリスウィッツ家は少々特殊な状況のようだ。家に跡継ぎはいるが、それはダルトンとカミラの子ではない。彼らの血を受け継いだ子どもは、他の家に養子に出されているようだね」
「そうなのですか。では、跡継ぎは……?」
「ダルトンと妾の子どもだ。カミラはかつて女性の魔術師として名を馳せていたが、その魔力は衰えていき、魔術師を引退した。それでも子どもには魔力を宿ることを期待したようだが……望む通りにはいかなかったらしい。妾との子どもには魔力があった。だからそちらを跡継ぎとした」
「妾がいて、子どもを跡継ぎにしたけど、カミラと離縁した訳ではないのですね」
「ああ。貴族の社会のマナーにも色々とあるからな」
リンハイル曰く、本妻がいて妾がいるだけならとやかく言われることは少ない。
だが、妾との子供を跡継ぎにした上で離縁した場合、その家の外聞が悪くなる場合があるらしい。
貴族の結婚の主な目的は、家の結び付きを強めるというものだ。跡継ぎに出来ない子供が生まれるのは致し方ないとしても、一度結婚した家がそれだけで離縁することは中々無いらしい。
「だから、ダルトンはこれからもカミラと離縁しないのではないかな。ブリスウィッツ家は昔の栄光を取り戻したいと考えているはず。むやみに家の風評に影響が出るようなことはしたくないはずだ」
「……でも、ダルトンがカミラを外で働かせることを希望したのですよね。それって、カミラに家にいて欲しくないってことじゃ……」
「状況から言って、その可能性はあるね。本当は妾とずっと過ごしたいけど、家のためにそれは出来ない。だから、カミラが家にいなくても不自然ではない理由を作るためにギルドで働かせたんだ。ホテル審査のギルドは歴史が古いから、『そのような場所で働いているダルトンの妻は才人』という評判が流れて、家の印象アップにも繋がるという訳だ」
「はあ……」
カミラを取り巻く環境は不思議なものが多いと思ったけど、リンハイルの解説のおかげで大体のことはわかった。
家の評判は落としたくないが、個人的に気に入っている妾との時間も捨てたくない――そう考えたダルトンがカミラにあれこれと要求した結果そうなっているようだ。
事情を理解した上で、私はため息をついた。
(ここまで家の事情を調べられるなんて……当人からしたらイヤよね。でも、私だって自分たちの事業が頓挫するのを黙って見ておけないのよ)
ただし、『睡眠ホテルを認めてくれないならこの家の事情をばらす』みたいなことはしたくない。
それは脅迫行為になってしまうし、私たちがそんなことをしたとバレたらギルドごと解体になって牢屋に捕まってもおかしくない。
何より……
(睡眠ギルドに嫌がらせをされたりしたら、カミラにとって寝具そのものが汚らわしいものって感じるようになるかもしれない……それは、嫌だな)
出来ることなら、私が考案した商品はみんなに末永く愛してほしい。
その気持ちはカミラが相手でも変わらない。
でも……これまでの話を総合すると、カミラはそもそもホテルというものをよく思っていないかもしれない。
自分の希望で働き出した訳ではないからだ。
「……カミラ様は、何故ホテル審査の仕事をしているのでしょう。いくら夫の希望とはいえ、断って別の場所にしてもいいのでは……」
私はぽつりと呟いた。
これは何も意地悪で言っている訳ではない。働いてお金を得るにしても、なるべく辛い気持ちにならない職場を選んだ方がいいのではないかと思う。
そう言うと、リンハイルは肩を竦めて返した。
「僕は彼女と腰を据えて話し合うような仲じゃない。だからあくまでも想像になってしまうが……彼女は夫を愛しているのではないかな?」
「愛……ですか」
「外野から見れば、ダルトンは酷な夫だと思う。だが当事者が何を考えているかはわからないものだ。夫の願いならば何でも叶えてあげたい――カミラはそう考えているのではないか。睡眠ホテルに対する提案も、パートナーの絆を重視しようというものだった。だから彼女は夫に拘っている……。僕はそう推測するが」
「……確かに、彼女は配偶者に対して並々ならぬ思いを持っているようです。その話に差し掛かった途端、不安定になられたように見えましたから」
「そうか。こういった機微は女性の方が観察眼に優れているものだ。君の見立ても一致しているなら、僕の推測もそう間違っていないのだろう」
リンハイルはそう言って、満足げにコーヒーを口にした。
(……どうかしら)
別に私の方が観察眼に優れているとは思わない。
でも、リンハイルの見解に賛成するかというと、それも違う。
カミラは――夫を愛しているのだろうか?




