69_カミラとその家族について①
また別の日。
私は、王都のとあるコーヒーハウスの隅である人間と待ち合わせをしている。
時間になると男が現われた。
その男は、以前に会ったときよりも幾分ラフな装いをしている。彼を見ただけではどんな仕事をしているかはわからないだろう。
今回は内密の話をするため、『なるべく注目を受けないような格好で来て欲しい』と私がお願いしたからだが。
「久しぶりだね、ネージュさん」
「お越しいただきありがとうございました、リンハイル様」
私はそう言い、現われた男――リンハイルに頭を下げた。
彼とは過去に色々なことがあった。
寝具店二号店のいざこざがあった末に、今は睡眠ギルドに多額の支援をして貰っている。
私はリンハイルよりも彼女の娘、イリスとの方が関わりは深い。
だが、イリスは今は遠い地方に行っているし、そもそも今回の件はリンハイルの方が得意そうだ。
という訳で、私からリンハイルに声をかけたのだ。
――カミラ・ブリスウィッツ。
それがギルドが作ろうとしているホテルの審査の担当の名と教えると、リンハイルは調査を引き受けてくれた。
カミラはかつて魔術師として働いていたらしい。
今は別の仕事をしているけれど、ずっと魔術師として活動しているリンハイルは何か知っているかもしれないと思ったのだ。
今日はカミラについての諸々を相談するために彼を呼び出したのである。
「それにしても、今度はホテルか。寝具店の運営だけでも好調なのに、新たな事業に手を出すとはね」
「店で売るだけだと寝具を試すのには向かないと思ったからホテルを作ろうと考えたのです。……ただ、カミラ……彼女は寝具店の商品を使ってもうまく眠れなかったと言っていた。つまり、家で商品を使っても睡眠が改善されなかったということ。そこが気がかりですが……」
もしも寝具店の商品そのものに何らかの不足があるなら、ホテルで寝具を使わせても結果は芳しくないかもしれない。私はそれが気になっていた。
リンハイルは注文したコーヒーを口にしつつ、思案げに言う。
「あなた方の寝具を使って、生活が向上した人の方が殆どだと思うがね。その中の一人が私で……ああ、イリスもそうか。あなたは会ったことが無いだろうが、私の息子も体調が改善したよ」
「そうですか! そう言って下さるのは何よりです。……カミラ様もそうなれば嬉しいのですが……」
カミラに寝具を使ってもらうチャンスを作るのは難しそうだ。
ホテルの審査を行う日には部屋に宿泊するから、確実に一回は使ってもらえる。だが、その一回で彼女が考えを変えるかは未知数だ。
リンハイルは私が渡した書類を眺めている。以前マーシーに調べてもらった、カミラの普段の仕事ぶりの情報だ。その中に彼女の睡眠に関する情報も入っている。
ちなみに、カミラの睡眠の悩みについては『中途覚醒』と書いておいた。前世の用語に合わせた方が私がわかりやすいからである。
情報を追っていたリンハイルは、書類の記述を見てぽつりと呟いた。
「中途覚醒、か。カミラ氏のその現象は、我々魔術師の中にも体験した者がいる」
「そうなのですか?」
「ああ。その殆どが歳を重ねた人間だ。『若い頃と比べて早く目覚めてしまう』というものだ。今までは『早く目覚めるなら良し』と認識されて、問題にもなっていなかった。眠気はコーヒーを飲めば飛ばせるしね」
(不健康な生活だわ……)
魔術師は伝統的にコーヒーを飲むものだと聞いたことがある。かつて魔術師として活動をしていた頃のカミラもコーヒーで眠気を飛ばす生活をしていたのかもしれない。
「でも、かつてと今とは違いますよね。寝具店の売れ行きが好調になるに従って、段々と皆様の睡眠に対する見方は変わってきた……そう捉えています」
「そうだね。長年続いた文化を変えるのは難しいものだが、僕の近くの人間……魔術師たちはかなり睡眠を重視するようになってきた。ホテルが無事に開いて評判になれば、更に睡眠の話は人々に浸透するだろう。貴族だけでなく、平民にも届くかも」
「……そんな世界になれば幸いですわ。でも、そうなると『途中で目覚めてしまう』というのは問題になりますよね。今までは見逃されてきたかもしれませんが」
「ああ。睡眠のために用事を終わらせて早めに床に入っても、体質のせいで休息が取れないという状況は問題だろう。『魔の中途覚醒』とでも呼ぶべきだろうね」
(なんでこの人、いちいち『魔のなんとか』って呼ぶんだろう。魔術師はみんなそういうものなのかな……)
私は内心そう呟く。
が、今はリンハイルに協力を仰いでいる状況である。私の内心の疑問は胸にしまっておくことにした。
中途覚醒の現象については、リンハイルが周りの者にも詳しく確認してくれると約束してくれた。今後私が調査を調べる際の助けになるだろう。




