67_審査に向けた作戦会議②
訝しむ私に向けて、マーシーは説明を続ける。
「こんな話を聞いたことがあるんだ。――あるギルドの建物は馬車乗り場から五分程度歩くところにあった。そのギルドに訪問した男は、どうしてこんなに遠いんだ、建物を移設しろと担当者に強く怒ったのだという」
「乗り場から五分くらい歩くのは珍しくもないわよね。怒られた担当者の人も大変だわ」
「あんたの言う通りだな。担当者は『はい、建物を引っ越しさせます』という訳にはいかない。だがその男は怒っているし、厄介なことに金も持っていた。うまく対応すればお得意様になってくれるかもしれない」
「で……どうしたの?」
「その男と話していた担当者はあることに気付いた。ギルドの建物に客が来たとき、歓迎の意を示すために茶を出す。その男は冷たい茶を多く飲んでいた。担当者は、馬車の乗り場・降り場にも水を置くようにしたんだ。そしたら男の要求は止まった。男は喉が乾きやすい体質で、そのギルド周辺は気温が高くなりやすいんだ。男は馬車乗り場からギルドまで五分かかることが不満なのではなく、喉が乾いた状態で暑い中を歩くことが不満だったということだ」
話し終えたマーシーは、私に向き直った。
「自分自身が何を求めているか、当人でもわからない――そういうことは往々にしてある。カミラにもそういう現象が起きているのかもしれない。一見すればカミラと我々の主張は両立しない。だが、彼女の背景を調べたら、別のものごとが見えてくるかもしれない」
……そう言われると、そうかもしれないと思えてくる。
何か主張をしている人がいたとして、よくよく話を聞いてみると別の主張が本題だった、みたいなことはよくあるのだ。
「カミラと本審査前にまた会うのは……流石に難しいわよね」
「そうだな。だが、本人の情報を調べることは出来るはずだ。本審査までの期間は延びたんだろう? それなら、調査の時間も取れるだろう」
それはそうだ。
本審査では、審査員を実際にホテルに呼んで、中のサービスを体験して貰うことになる。少なくとも一泊はしてもらう予定になっているのだ。
そして、内装やサービスは実際のホテルと同じものにしないといけない。
今回はカミラからホテルに対する物言いが多くついたこともあって、当初よりもホテルの本審査までの期間は長めに取られることになった。
「……そうね。面会では色々面食らったけど、彼女について調べたら見えてくることもあるかも」
「そうだな。で、今回ネックになりそうなことは何だ?」
「んー……ちょっと待ってね」
面会当時のメモは残してあるけど、もう少し簡潔なものを新たに書いた方がいいだろう。
私はカミラと会ったときのことを思い起こしつつ、今回の懸念点を箇条書きにした。
1.カミラは寝具店の寝具を使っても睡眠の悩みが改善しなかった。
2.カミラは睡眠だけでは癒やしに足らず、パートナーとの仲こそが重要だと考えている。
3.女性はいずれ体力や魔力が落ちていくので、男性に頼ることになる。故にパートナーとの仲を重視している。
今回問題になったのは、主にこの三点だ。
「寝具を使ってもうまく眠れなかった、か」
マーシーは私のメモをじっと見ながら言う。
「リンハイルも最初そんなことを言っていただろう。同じようにノンカフェインコーヒーを差し入れてやれば済む話じゃないのか」
「それが……カミラはもう、ノンカフェインを試しているみたいなの」
「そうなのか……?」
面会で会ったあのとき、カミラは氷のドリンクを飲んでいた。
よくよく見ると、あのコップにはノンカフェインコーヒーのブランドロゴがついていた。
だから彼女は今もノンカフェインを飲んでいるのだ。
その上で眠りの悩みは解消されないらしい。
マーシーはギシッと背もたれに体重をかけ、天井を眺めながら呟く。
「リンハイルのときは『起きられない』という悩みで、今回は『途中で目覚めてしまう』という悩みか。でも、途中で目覚めるならいいんじゃないか? 少なくとも遅刻するようなことはないだろう」
「でも、夜中に二度も三度も目覚めるのはあんまり良くないんじゃないかしら。疲れが取れないと思うわ」
「ネージュ、あんたはそういう事態になったことはあるか?」
「……憂鬱なことが翌日に待ってたとき、そうなったわ。それ以降にはそういうことは起きなかったけどね」
つまり、私の結婚前夜だ。『明日以降スヤスヤ眠れなくなるかも』と考えた私は、うまく寝付けなかったし、夜中に何度も目が覚めた。
カミラも同じような状態に陥っているのだろうか……?
「……まあ、体調不良には様々な理由がある。カミラの普段の様子、それだけでなく過去の諸々について調べておいた方がいいだろうな。で、二点目……」
マーシーは、ホテルのコンセプトについての意見を指でなぞった。
「『パートナーのためのホテルにしろ』、ね。まあ……そういうホテルが多くあることは認める。二人分の料金を取れるから経営上でもメリットがあるしな」
「でも、私の作りたいホテルの方向性とは違うの。そんなことはホテルの提案書を見ただけでわかると思うけど……なんでわざわざ私に会おと思ったんだろう」
審査員にもホテルの好みがあること自体には驚かない。でも、あまりにも好みから外れているものを無理に変えようとする真意はわからない。
私の疑問に答えるように、マーシーがぽつりと漏らした。
「カミラ女史は結婚している。そして、旦那が彼女の担当したホテルに泊まりに来る――。そんなことを聞いたことがあるな」
「え、そうなんだ。じゃあ……旦那さんのためにホテルを変えようとしてるってこと? そんなの職権乱用じゃない!」
「まあ、可能性のひとつの話だ。彼女だけじゃなく、彼女の家について調べた方が良いかもな。で、三点目……」
マーシーは、最後の項目に目をやった。
「……いや、実質、二点目の延長のようなことか」
「延長というには、スケールが大きい話になってくるけどね」
カミラの主張によると、「この世界の女性はいずれ体力も魔力も衰える、だから男性の庇護が必要になる」とのことだ。
だからホテルでもパートナーの結び付きを強められるものがいい――そう言っているらしい。
私が勉強のために一人で泊まったホテルでも、女性は狩りのアクティビティの対象外だった。魔力が落ちている女性は危ないから、とかなんとか。
つまり、『女性はいずれ弱っていく』という主張はカミラ独自のものじゃない。この世界のスタンダードな価値観でもあるのだ。
(……でも、『結婚した女性は家のことをやるのが美徳』とも言われているよね。女性はいずれ弱っていくというなら、『男性は女性を守って家のことを全部やるのが美徳』とでも言ってほしいわ。都合の良いところでは女性を利用するような感じ、納得いかないな……)
そう考えつつ、私はため息をついた。
「今のところ、自分では実感が沸かないんだけど……私もいずれ体力も魔力も無くなっていくのかしら?」
「そうなる傾向があるというのは確かだな。若い頃はギルドで働いていたが、五年十年もすれば自然と辞めていく人間は多い」
「……そうなんだ。それなら、マーシーのことが羨ましいな」
「俺?」
訝しむような目で聞き返される。私は口角を上げて答えた。
「あなたは多分、望めばずっと働くことが出来るんでしょう。そういう道を選べるのは羨ましいわよ」
「ネージュ、あんたはそんなに働きたがる性格じゃないだろう? 睡眠第一だと思っていたが」
「それはそうだけど……家にいるしか無くなるなら、家の人間の方針に左右されるということになるじゃない? 例えば一日中休まずに家事をしろって言われる可能性もある。それなら、自分で選べる選択肢はあった方がいいわ」
私がそう説明すると、納得したようにマーシーは息をついた。
そして、ぽつりと漏らす。
「俺としても、あんたにはずっとギルドにいてほしいな」
「……」
「新商品をいろいろ提案してくれる人材を無くすのは惜しい。あんただけじゃなく、女性たちにギルドに残ってもらった方がありがたい。男だけよりも視野を広くして商売に当たれるはずだ」
「そうよね……」
「だが、体力だの魔力だのが落ちる原因がわからないとどうしようもないな。自然の摂理でそうなっているというなら、抗いようも無いのかもしれない」
「うーん……」
年齢を重ねれば体力は落ちていくし、病気がちにもなる……。
それは前世でもそうだった。
だが、この世界では前世以上に女性の衰えが問題視されているような気がする。
(何か理由があるのかしら……?)




