66_審査に向けた作戦会議①
ある日の夜、私は営業終了後の寝具店を訪れた。
机の上で書類を広げていたらしいマーシーが私を早足で出迎える。
寝具店の売り上げはここのところずっと安定している。だから急ぎ足で私を迎えたのは店に関する話ではないだろう。
「ネージュ。どうだった、カミラとの面会は」
マーシーはそう言った。
どう伝えたものか考えた挙げ句、私は項垂れる。
「私……うまく出来なかったかも。ごめんなさい」
「なに? 交渉は決裂したということか?」
「なるべく構想中のホテルの魅力を伝えられるように努めたんだけど、カミラは私たちのホテルのコンセプトを否定してきた。今回の面会で全てが決まる訳ではないと言っていたけど、彼女の中ではもう答えが決まっているような感じがしたの……」
そう言って、私はマーシーにあの面会で起きたことの説明をした。
彼はカミラの言動に眉を顰めたり首を竦めたりしつつ、最終的には脱力したように椅子の背もたれに倒れ込んだ。
「まあ、彼女は『氷』と呼ばれているからな。一筋縄ではいかないかもしれないとは思っていたが……」
「そういえば、カミラは本当に氷の飲み物を持っていたわ。あの日は気温が高くなかったのにね」
「カミラはどんなに寒い時期でもそうするらしいな。本人の性格も食の好みの通り、冷たかったということか」
「……でも、彼女がずっと冷徹な対応をしていたかというと、それは違うわ。急に熱くなったり、そうかと思ったらスンってなったり……あまり調子が良くないように見えた。それか、私の伝え方が悪くて彼女の怒りを買ったのかも……」
商売に慣れた人なら、カミラ相手でももっとうまく立ち回れたのかもしれない……。
あのときの自分の行いでギルドの商売が頓挫するかもしれないと思うと気持ちが暗くなる。
だが、思い詰める私とは対照的に、マーシーは不思議そうな顔をしていた。
「現地ではそういうことが起きていたのか。……彼女からの手紙を見た感じ、そうは思えなかったんだがな」
「手紙?」
「ネージュ。あんたが来る前にカミラからギルドに書面で連絡が来たんだ」
そして、マーシーは手紙を私に見せてくれた。
ネージュ女史との面会はつつがなく終わった。
こちらの知見に従っていくつか助言をしたので、それを考慮してもらえたら審査はスムーズに進むだろう。
――そんなことが書いてある。
「……どうも彼女とは見えているものが違うようね。私はあの面会は散々に終わったと思ったのだけれど」
「書面上だと実際の出来事から改変するのはよくある。うちとカミラではあちらの方が地位が高いからな。『それは違う』とあんたが証言したとして、握りつぶされる訳だ」
「そんなの通っていいわけ? 面会の意味が無いじゃない……」
マーシーの言葉に私が困惑すると、彼は肩を竦めて言う。
「流石に、その場で白と言ったものを黒と記録するような改変は出来ない。『商談を行うときは記録の捏造を不可にする』――そんな汎用魔術がある。カミラの所属するホテル審査のギルドはその魔術を取り入れていた筈だ。だから現実のカミラの様子がどうあれ、書面に残された方が正しいということになるな」
「そういうものなんだ……?」
……まあ、私がホテルの説明をして、カミラが審査担当として意見を言ったという形だから……広い目で見れば、あの面会は無事に終わったということになるのか。
少なくともギルドで使われているという汎用魔術はそう解釈したらしい。
(でも……思えば、この手紙に書いてあることは私たちにとってもありがたいことではあるか)
カミラに散々駄目だしをされた。
が――ホテル開設が白紙になった訳ではない。とりあえずまだ猶予は残されている。
ホテルの実際の視察をするのは数週間後。それまでにカミラに指摘された問題を改善すれば、ホテルの審査を突破出来る可能性はある。
この書面を信じるなら、そういうことらしい。
「『指摘された問題を改善する』、か……」
「ネージュ。あんたはどうするつもりなんだ?」
「……カミラのアドバイスに従えば、きっとホテル審査は無事に終わる可能性があるわよね」
「そうだろうな」
「でも――私、それは嫌なのよ」
彼女の言い分を全て反映させるとなると、私たちが作るホテルは夫婦用、恋人用のロマンスのためのホテルにしなければいけないらしい。
――断固反対である。
別にそういうホテルがあってもいいと思う。大事な人と充実した時間を過ごせる場所というのは掛け替えのないものだろう。
でも、うちは違うものにしたい。
昼間に遠方からの移動やら観光で疲れた身体を、しっかり癒やすホテルにしたい。
その為には、身体も心も安まる空間にしたいものだ。
パートナーと胸を昂ぶらせる体験が出来るような建物も良いものだが、それはうちのサービスの対象外だ。他を当たって欲しいものである。
マーシーは私の言葉に納得したように頷いた。
「そうだろうなと思ったよ。カミラの助言に従ったら今までの方針と真逆になるからな」
「うん……。私はやっぱり、ゆったり休まるような場所を作りたい。でも……それは癒やしじゃないって彼女は言ってたのよね」
つまり、『私の思う素敵なホテル』を審査して貰ったとして、却下される可能性は非常に高いのだ。
本審査までの猶予はあと一月ほど。
その間自分一人で作業するならともかく、実際はホテルの内装作りなどをギルドの面々に協力して貰うことになる。
『うまくいくかいかないかわからない』という状態ならまだいい。
『絶対にうまくはいかないけど、それでも働いて下さい』というのを良しとする気持ちにはなれなかった。
「報われないことが確定してる状態でみんなを働かせるのは嫌……かといって、カミラの言う通りにするのも嫌。どうすればいいかしら……」
考えているうちに袋小路に入ってしまった心地がして、私は助けを求めるようにマーシーに聞いた。
彼は暫く黙り込んでいたが、やがて何かを思い出したように口を開いた。
「『相手からの要求が、真に相手が求めているものとは限らない』……そういうこともあるぞ」
「……?」




