65_ホテルのコンセプトが崩れていく②
「癒やしというのは……『よく眠れること』。私はそう考えています」
「不正解ね」
カミラは無表情でそう呟いた。
「女性にとっての『癒やし』というのは、男性に愛されることよ」
「男性に……愛される?」
「何だか、ピンと来ないという顔ね。はあ……」
物憂げに息を吐いた後、カミラは私に笑いかけた。どこか憐れむように。
「ネージュさん。あなたは年若い。そして……恐らく、周りの人間にも恵まれなかったのね。女性がどう生きていくべきかも教えられないなんて。それは優しくされていたのではないわ。どうでもいい相手と見做されて放っておかれていただけよ」
「……それがあなたの見解なのですね」
私としては、この二回目の生は周りに恵まれた人生だと思っていた。
睡眠周りを充実させたいという私の希望は概ね叶った。
邪魔をしてきた貴族たちもいたけど、紆余曲折あった末に今は協力してくれている。
でも、カミラからすれば私は「可哀想」な状況にあるらしい。
「ええ。失礼ながら、あなた……夫はいるの?」
「います」
「あら、そうなの。いないかと思っていたわ。だってあなたの作るプランには、パートナーの存在が希薄だもの。夫はいるけど、愛されてはいないのではないかしら……? それは、パートナーがいないよりももっと辛いことよね」
「…………」
私は無言になった。
カミラの言い分は、人によっては失礼な物言いになるだろう。きちんとした貴族なら侮辱だと言って真っ向から戦うのかもしれない。
でも、私はそうしようとは思わなかった。
(この点において、カミラの見立ては当たっているからね)
残念ながら、私の中に夫――アロイスとの思い出は何も無い。
「君を愛することはない」と言われて、互いに関わりのないように契約書を書いた。
それ以降、アロイスは領地開拓のために遠くの地方に行った。私たちの関係はそれだけである。
私としては自由にさせてもらえてとても嬉しいけれど、寂しいと感じる人の方が多数でもおかしくはない。
「いい機会だから教えてあげるわ」
カミラは息を深く吸い、そして言う。
「あなたの思う『癒やし』『安心』というのは、浅い。このホテルは貴族を主な顧客にすると想定しているのでしょう? なら、パートナーと過ごせる宿というのを全面に押し出した方がいいわ。貴族の女性にとって、パートナーの不興を買うほど恐ろしいことはない」
「……」
「そうなったら安心どころじゃないわ。ベッドや枕を多少変えようが無駄なのよ。まあ、パートナーになった人々がずっと安泰でいられるとはわたくしも思いませんわ。けど、妻と夫というのは仲睦まじくいるべきもの。それを全面に押し出したホテルにすればいいのではないかしら。そうすれば男性も女性も一安心よ」
「……お言葉ですが」
そう前置きして、私は彼女に反論する。
「近しい人と仲睦まじく過ごせることは素晴らしいことだと思います。ですが――パートナーと仲違いしたら、それで全てが終わるものなのでしょうか? 私はそうとは思いませんが……」
「ネージュさん。あなたはまだ物知らずなだけよ。例えば、このパズルひとつを取ってもそう」
ノエルは提案書の中、『部屋備え付けの備品』の欄を指してそう言った。
私が提案したものだ。部屋でごろごろしつつちょっとしたトレーニングをしたい人向けの、魔法で動かすことも出来る木製パズル。
事前の研究のために泊まったホテルにも置かれており、全国的にもこの手の玩具はよく置かれているようなので、うちのホテルにも取り入れるようにしたもの。
「このパズルの存在は知っています。わたくしは、昔これで訓練を積んでいましたから」
「訓練を……? あなたは魔術師だったのですか?」
「元、ね。今はもう、何も使えないわ」
彼女は提案書を見ながら、忌々しげに目を細めた。
「……女性の魔術師の多くは、年齢を重ねると魔力が弱まる。このパズルを動かすのにも難儀するくらいにはね。わたくしがこのパズルを見て、面白いとか懐かしいなんて気持ちにはならないわ。足が無くなった人間に美しい靴を差し出すようなものよ。魔術師でなくとも、貴族の多くは魔力を持って生まれてくる……。そして、いつか失う。ネージュさん、あなた、魔法は使える?」
「ええ、多少は」
「多少使えるのも今のうちよ。じきに何も出来なくなるわ。わたくしを含めて、多くの女性がそうだったのだもの」
「……」
「女性の持っている力は、年を取るごとに失われていくの。若いときに一人で生きていけると思うのは、若さ故の思い上がりよ。いずれ必ず弱っていく。そのときのために、パートナーに愛されないといけないの」
揶揄するというより、決まりきったものごとを宣言するようにカミラはそう言った。
「それに……あなた方の寝具、全員に効果があるという訳ではないみたいね」
「え? それは、どういうことですか?」
「わたくし……あなた方の寝具を買ってみたことがあるの。マットレスと、シーツに……枕かしら」
「そうなのですね! お買上げありがとうございます!」
「わざわざ礼を言わなくてもいいわ。もう二度と買うことはないもの」
相手が誰であろうと、商品を買ってくれたのは嬉しい。そう思って条件反射のごとく礼をしたけど、冷たい返事が返ってきた。
「は……! カミラ様のご期待に添えず申し訳ありません。ちなみに、どのような点が気になりましたか? 枕の高さでしょうか、マットレスの柔らかさでしょうか。枕は高さの違う商品を用意していますし、マットレスはより柔らかいものを開発中です」
「柔らかいとか固いとか、わたくしはその点に不満はないわ。でも……ただただ眠れなかったのよ」
「寝付けなかった、ということでしょうか?」
「眠れはしたわ。でも、夜の途中で目覚めてしまうの。何度も何度も……。最近評判のギルドの寝具ならば、わたくしの長年の悩みも解決に導いてくれるかと思った。でも、期待はずれだったわ。睡眠の質とやらも上げるのに限界があるのなら、起きている時間を充実させた方がずっといいわよね」
「……!」
「……はあ、はあ。いけないわ。沢山喋りすぎてしまった、かも……」
言いたいことを言い終えたらしいカミラが、傍らにあるベルを鳴らした。
次の瞬間、部屋の中に若い女性が入ってきて、カミラを支えるように動く。彼女はカミラの部下なのだろう。
「……ネージュさん。わたくしがこれ程までにあなたに助言した意味、よく考えておくことね」
「……」
「本番の現地での審査の日程は、追って連絡します。そのときまでに何も改善していなかったら……わかっているわよね?」
そう言い放ち、カミラは部屋の出口に部下に支えられながら向かっていった。
(…………)
今日、私は真剣にホテルのコンセプトを説明した。
カミラもそれを真摯に聞いていた。
そう思っていたのだが……
彼女は最初から寝具に不満を持っていて、私たちのホテルにもの申したかったようで……
(なんだったの? この時間……)
私は、ドアから姿を消すカミラたちを呆然と見送ることになった。




