64_ホテルのコンセプトが崩れていく①
こういった説明は慣れないけど、なんとかホテルの方針について伝えることは出来た。
「……」
私の向かいにいるカミラは、話を聞いてメモを取りつつ難しい表情をしている。
彼女の中にも色々な意見があるのだろう。
(審査員……カミラが私たちの全てを受け入れてくれるかはわからない。でも、これは本物の審査の面会じゃない。今後ホテルの施設を作っていくとき、今回出た意見を取り入れることは出来るでしょうね)
だから、多少の反対を受けても大丈夫。
むしろホテルを良くするためのステップだと考えよう。
やがて考えが纏まったのか、カミラが顔をあげた。
「あなた方が作りたいホテルについてはざっと理解しました。ですが、わたくしにも伝えたいことがあります」
「……はい!」
私は頷き、筆記具を取った。
厳しい意見が来ても、今後のためになると思ってきちんと記録に取ろう。
「あなたはホテルに人が来て欲しいと思っているのよね。閑古鳥が鳴いて潰れて欲しい、なんて気持ちは無いわよね」
「そうです」
「ならわたくしの言葉を聞きなさいな。あなたが想定しているホテルには、足りない設備が沢山ある。このままだと、ホテルには悪評がつき、人が寄りつかないことになるわ。本体の寝具売りにも影響が出ることでしょうね」
――そうなんだ。
新たな事業を進めるに当たって、そうなる可能性は当然ある。
今のうちにその対策が出来るなら、願ってもないことだった。
私は少し前のめりになってカミラに確認する。
「具体的に言うと、どんな設備が必要なんですか……?」
「まず、エステはマスト。女性には美が必要ですから」
エステか……と、私はメモをした。
――女性は美を追い求める。
それ自体は別に否定しない。この世界でも前世と同様に、女性は美容やファッションに目がないことは知っている。
それに、エステやマッサージは身体をもみほぐすこともあるため、癒やしにも繋がる。
私は前世のスパ施設を思い浮かべる。大抵は身体をほぐしてくれるタイプのサービスがあった。
それに、寝転がってくつろげるラウンジも……。
貴族相手にサービスするなら、「寝転がれる」というのはプラスの印象にはならないかもしれない。他の人間の目を気にするだろうから。
でも、座って本を読めたり、他の人と団欒出来るラウンジがあるといいかもしれない。
(まあ、美容やファッションが「必要」や「必須」とまで言われると、ちょっと疑問だけど……言っていることはそんなに変じゃないわよね)
私は頷いた。
「エステがあるとゆっくり過ごせますからね。わかりました。それに加えて、ゆったり出来るラウンジも作る予定です」
「ラウンジを作るのはいいわ。でも、貴族の女性が不特定多数に油断した姿を晒すなんて許されない。それはわかっているわよね?」
「それはそうです。なので……」
「夫と妻のみが団欒できるように仕切りを作りなさい。そうすれば夫も妻も安心だから」
「夫と妻……?」
「ああ、すみませんね。わたくしは結婚しているからそう言いましたけど、まだ未婚の方も泊まることはあるものね。パートナーが楽しめるための場所を作りなさいと、そう言ったのよ」
「パートナー……ですか?」
私は思わず困惑した声を出す。
だが、カミラの言葉は止まらなかった。
「安心出来ない環境だと、癒やしどころではない。そうでしょう?」
「そ、それはそうなのですが……」
「あと、部屋にはメイクルームを作りなさい」
「メイクルーム……?」
「ホテルに泊まるのはいいでしょう。でも、朝を迎えたとき、メイクなしの姿を夫に晒すことになるのはいただけないわ。その為に隔離された場所を作りなさい」
「今のところ、ホテルの客室にそのような場所はありませんが……」
「増築すればいいじゃない! 客室が多少減るよりも、夫婦のための場所を作る方が優先されるわ。あなたは広いベッドを提案しているけれど、ここまで広くする必要は無い。それより、愛されるためのスペースを確保しなさいな!」
(やってられないわ)
私は心の中でそう呟いた。
カミラの主張をまとめると、『女性は男性のために美しくしないといけないし、休憩の場所を削ってでもホテルにもそのスペースを作るべき』ということだ。
パートナーのために美しくなりたい気持ち自体は否定しない。そんな相手がいるのは素晴らしいことだと思う。
でも、彼女が私のホテルをプロデュースすると、当初のコンセプトとどんどん別物になってしまう。
「カミラ様」
意を決して彼女に進言する。
「最初の話に立ち返らせていただきます。私どもは、『癒やしのホテル』を作りたいと願いました。あなたのお話を全て叶えると、当初のコンセプトからかけ離れてしまいます」
「……そうね。あなたとはそもそもの認識に食い違いがあったかもしれない。『癒やしとは何か』という命題ね」
カミラはこちらをじっと見つめてそう言った。
その強い眼光に負けないように、私は彼女の問いに返す。




