↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/95

63_ホテルのコンセプトを説明しよう

「ネージュさん。わたくしが今日設けた時間はそれほど長くないわ。単刀直入に行きましょう。わたくしは、このホテルについて興味を持ちました。発案者であるあなたに直接お話を聞きたいと思ったのです。確認のために聞くけれど、このホテルの案も、睡眠ギルドも、あなたが率先して作ったのよね?」

「はい。無論他の方にも沢山の力をお借りしましたが、最初に商品やホテルを提案したのは私になります」

「そう。じゃあ、このホテルの説明も出来るわよね? あなた方が開きたいと考えているホテルのコンセプト、サービス。それをわたくしに説明してちょうだい」

「……はい!」



 カミラの要求に、私は頷いた。

 提案書は事前に渡しており、それは今机の上にもあるけれど、改めて説明して欲しいとのことらしい。



 彼女の声色は重々しい。この面会で全てが決まるという話では無いらしいけど、下手なことを言ったら不興を買いかねないだろう。



(今日の私はギルドの代表として来ているようなもの。プレッシャーを感じないといえば嘘になるけど……今までマーシーと話してきたことを改めて説明するだけよ。そんなに難しいことじゃない)



 カミラのような人間の前で話すのは緊張する。

 でも、眠りというサービスは誰にとっても恩恵があるものだと信じている。

 だから、誰が相手だろうと堂々と主張すればいい。



 私はそう自分に言い聞かせ、深呼吸をした。




「私たちが開きたいホテルのコンセプト。それは、『最高の眠りと癒しをあなたへ』です」

「……あなたたちは寝具を扱っているギルド。だから、宿でも寝具を目玉にするということ?」

「はい。ホテルで使用する寝具はうちのギルドで扱っているものにします」

「あなたのギルドについてもざっと調べたわ。怠惰に眠るよりも勤勉に活動すべしという文化がある中で、寝具を主商品にしたギルドを作ったというのは……いえ、その点について話すと長くなるわね。今日はそこは置いておくわ」



 カミラの言い分によると、睡眠ギルドのことはあまり良く思っていないようだ。

 ――でも、こういった反応は今まで何度も受けてきた。彼女が特別な訳ではないし、彼女の所感は置いておいて、審査の話は続けてくれるらしい。それならば問題なかった。



「で、ホテルの話に戻すけれど……寝具店に行けばそのまま買えるような商品をホテルで使わせるというの? それは手抜きではないかしら。ラグジュアリーさに欠けているわ」



 カミラの指摘に、私は首を振る。



「寝具店で買える商品をホテルに採用することは大いに意義があると私は考えています。それは、『試せる』ということです」

「試す……」

「寝具店で寝具を売るに当たって、私どもにはある懸念がありました。眠るときに使う道具なのだから、商品の試用は寝そべって試せた方がいい。眠りながら使えるならばもっと良い。ずっとそう考えていました。ですが、様々な要因からそうは出来ない理由があったのです」



 私はカミラに説明を続ける。


 寝具店は主に貴族を相手にした商売としてスタートしたということ。


 だが、貴族には他の人間がいる中でだらしない姿を見せられないという文化があるということ。



「パーティションを作って他の客から見えないようにしてお試しで仮眠室を作る案もありました。ですが、店舗内にその場所を作るとどうしても土地が必要になります。それならば、いっそホテルを作ろうと思いました。仮眠じゃなくて、本物の寝室として眠れるホテル。寝具を使ってみるのに最も適した状態でお届けしたかったのです。それによって、良質な睡眠の魅力をお伝え出来たらと思いました」

「……なるほど。言わんとすることはわかったわ」




 カミラは手を組んで顎を乗せ、私の話を静かに聞いていた。

 話が一段落すると、彼女は顔を上げて私に向き直る。




「あなたは『睡眠』をアピールポイントとしてホテルを開設しようとしているのね。建物の施設でいうと、寝室が一番の目玉だと。でも、それだけだとあえて泊まろうとする人間は少ないかもしれない。それはわかっているの?」

「――ええ。承知の上です」




『最高に心地良く眠れる宿がある』と聞いたら、私なら即座に泊まって試したくなる。

 でも、食指が伸びないという人も大勢いるだろう。

『寝る』なんて家でいつもやっている、金と時間を費やして泊まりに行く理由としては弱い――。そう思う者の方が多数派かもしれない。

 だから、私はいくつか対策を考えていた。




「いい睡眠というのは、寝具だけを揃えれば叶うというものではありません。その前段階から色々な要素があります。それらもお客様に紹介しようと思っています。例えば食事――カフェインの入った飲み物や、アルコールの入った飲み物は、ノンカフェイン・ノンアルコール版も提供するようにします。食べ物の変化によって睡眠に違いが出る、ということを体験して欲しいのです」

「ホテルに泊まる人間が求めているのは、本当にそんな体験なのかしら。その土地のものの豪奢な食事――それが一番ではなくって? 貴族が客を歓待するとき、質素な食事だけだと嫌な噂が立つわよ」

「それも承知しています。ですが、眠りと癒やしというコンセプトは守りたい。なので、我々は朝や昼の食事に特に力を入れることにしました。夜は豪華に、朝はパンとコーヒーのみ、という宿も多くありますが、私どもは朝食からオーダー形式の食事を楽しめるようにします。この土地の名産も用意して、遠方から来た方にも満足していただけるようにします。そして、食事だけでなく入浴も」

「入浴?」



 私はカミラの言葉に頷く。



「食事やパーティ会場には力が入っていても、風呂は簡素なシャワーのみ――そういう宿は多くあります。ですがゆっくりと入浴の時間を取るのも睡眠にはいい影響を及ぼします。各部屋には浴槽を作るようにします。そして個室だけでなく、大きな浴場を作ることも考えています」

「……大きな浴場を用意するとなると、広いパーティ会場は作らないということかしら。このホテルのホールは、工事の予定が頓挫されたまま閉館となった。再度ホテルを開くならば、もっと大人数を招けるようにホールを拡張するものかと思っていたのだけれど」

「ホールは拡張しません。他者との交流を第一にするホテルもあるでしょうが、ですが、このホテルでは『一人の時間』を豊かにしていただく――そう考えています」

「一人の時間……」




 私は追加で説明をした。



 このホテルでは女性一人客でも泊まれるということ。

 ロビーにはバーを作り、作った飲み物は寝室に持ち込むことも可能だということ。

 部屋で充実した時間を過ごしてもらうために、書籍を置いた部屋を作り、希望があれば貸し出しすること。

 部屋の中にはボードゲームやパズルなど、日々の喧噪を離れてゆったりと時間を過ごせるものを置いたこと。



(勉強で魔術師専用のホテルに泊まったとき、机の中にあれが入っていたのよね……T字のパズル)



 前世で見たことがあるものだけど、今世でも再会したのは驚きだった。



 魔術師が魔力を鍛えるやり方の一つに、「頭の中でオブジェクトの完成形を描きつつ、魔力で物に干渉する」という方法がある。

 私はホテルステイしたあの日、黙々とパズルを魔力で動かした。あのホテルは魔術師のためのサービスに特化しているから、それ用に部屋に置いてあったのだろう。

 没頭出来るし、良い感じに疲労が溜まって眠りにつけるし、うちのホテルでも取り入れたいな――と思ったのだ。




「……以上が、私どもの考えているホテルのコンセプトになります」



 私はそう結び、一息ついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。