62_氷の審査員、カミラ
マーシー曰く、こちらを指名してきたホテルの審査員は「氷の女性」と呼ばれているらしい。
それを聞いて、私は少しばかり後ずさりした。
「なんか……嫌な予感がする。私、行きたくないわ。マーシー、今回は行かないようにすることは出来ない? そしたら、他の審査員の人が担当になるかも……」
「うちはまだまだ新興のギルドだ。ここで話を断ったら更に追い込まれるかもしれない。行った方が無難だろうな」
「うーん……でも、氷って言われてる人なんでしょ? かなり厳しい人に当たっちゃったんじゃないの? 私、商売は素人よ。きちんと立ち回れる自信が無いわ。それでホテルの話が立ち消えになっちゃったら……」
審査員の人に詰められて、うまく答えられなくて、それでホテルの事業はおしまいということになったら目も当てられない。
せっかく寝具の売り上げが好調なのに、ホテルの審査が早々に終わってしまったという評判が立てば寝具店の方にも影響が出かねない。
そう思って尻込みする私を、マーシーはフォローした。
「その可能性については俺も最初に確認したんだ。この面会でホテルの話は全て終わってしまうのかと。そういうことではない――という返答を貰っている」
「え……そうなの?」
「ホテルの本審査は後日に改めてやるそうだ。その前段階の会合として、今回の席を設けたいらしい」
「じゃあ、この面会だけで結果が決まるっていうことじゃないのね」
「そうみたいだ。事前確認というか、助言というか……そういう席を設けたいと先方は言っていた」
そういう話なら、心構えは違ってくる。
その後も、私はマーシーから詳しく話を聞いた。
少し不安であることには変わりないけど……私はカミラとの会合に出席することにした。
****
そして、面会する日がやってきた。
集合場所に指定されたのは、王都のギルドの建物が集まっているうちの一角だ。
中心地はもっと賑わっているけど、私に提示されたのは端の方の静かな場所だった。
ホテルのギルドは歴史が長く、これからも需要はあり続ける。
だが、ホテルを審査するギルドは国がやっているもの。儲けを考えている他のギルドとは性質が違い、あくせくと販路を伸ばそうとしている訳ではない。
だから人通りの少ない場所に拠点を作っているのだろう――。
マーシーはそう言っていた。
(こっちとしても、騒がしいよりは静かな場所の方がいいわ。落ち着いてホテルのことを説明出来るもの。よし……)
私は建物のベルを鳴らした。
やがて、使いの者と思われる女性の若者が現われ、中に案内される。
私は応接室のような部屋に通された。
「――本日はご足労頂き、ありがとうございました」
「はい。よろしくお願いします」
シックな家具で囲まれた空間の中に、ひとりの女性がいた。
――人形のような女性だ。
私の第一印象はそれだった。
そして、この言葉は本人に掛けるべきではないだろう。小さな子供相手ならば「お人形のように綺麗」と褒めることもあるだろうが、今目の前にいるのは私の母親ほどの年齢の女性だったからだ。
彼女の眼は青く、淡いブロンドの長い髪はシニヨンで纏められている。その耳に煌めくイヤリングも、マーメイドラインの黒のロングドレスも、彼女の纏うものはどれも品を感じさせた。
ギルドというのは基本的に人の出入りが多く活気づいている場所である。その分建物の中がごちゃついていることも多々あり、人々はいつも気忙しげにしている。貴族が夜会をするような場所とは違うのだ。
だが、カミラ・ブリスウィッツ――私の目の前にいる女性は、ギルドによくいる人間とは雰囲気が違う。そこには人工物のように整えられた静謐な美しさがある。
(カミラは貴族の出身らしい、ということは事前にマーシーに知らされていた。でも、仮に何も知らずに会ってもひと目で貴族だと察したでしょうね)
でも――マーシーに聞いていたことはそれだけではない。
私は机の上に目を向ける。
机の上には、カミラが用意したであろう彼女用の飲み物がある。
氷の入ったアイスコーヒーだ。カップの中に沢山の氷が入っていて、暑い日だと氷が溶けてすぐ薄まってしまうみたいな、あれ。
(『氷の女性』、カミラ……。噂には違わないようね)
私は以前にマーシーが教えてくれたことを思い出す。
「カミラは肌が白く、眼は青く、氷のように涼やかな美貌をしているそうだ」
「綺麗な人なのね。だから氷って呼ばれているの?」
「それだけじゃない。彼女の最大の特徴は……氷を好むことだ」
「え? ……どういうこと?」
「氷の入った飲み物、アイス、シャーベット――そんなものをよく買って口にしているのを目撃されている。夏だけじゃない、秋でも冬でもだ」
「え……だから氷って呼ばれてるの? 態度が冷徹とかそういう話じゃなくて?」
「すごく暖かい人間という訳ではないらしい。だが、氷の君なんて呼ばれている一番の原因は、氷好きからだろうな」
「はあ……」
思っていたよりストレートな意味だった――と私は困惑した。
そして、今日実際にカミラに会って、マーシーの言っていたことは正しかったと思った。
今は冬を抜けて段々と気温が上がってきている季節だが、それでもまだまだ肌寒い。そんな今日の日も氷の入った飲み物を持っている。彼女の氷好きの噂は本当だったらしい。
(前世と比べると、この世界では氷を買うのはハードルが高いのよね。冬ならともかく、通年で氷を手に入れるためには、魔法を使って水を冷却する必要がある。だから氷の商品は高価で庶民は中々手に入れることが出来ない。生活に余裕がある証拠だわ……)
夜会のドレスを新調して周囲に経済力を示すように、氷の商品を買い続けるというのは周囲に家の力をアピールすることに繋がるのかもしれない。
(そもそも、貴族の女性で、かつ外で働いているのは中々珍しいわよね。この国の女性は結婚したら家のことをするのが美徳とされるから)
ギルドにも時々女性はいるけど、やはりその数は少ない。
そんな中で、彼女はギルドで働いている。
それだけの知識があるか、家族が後押しをしているのか……あるいは、その両方の理由かもしれない。
私がそんなことを考えていると、カミラがこちらに向き直り、その涼やかな眼で私を見つめた。




