59_ネージュのホテルステイ①
ホテルの案を出すに当たって、「一度はネージュが実地でホテルの調査をした方がいいだろう」という話になった。
ギルドのメンバーに宿に泊まった経験を持つ者は沢山いて、彼らから話を聞くことも出来るが、実際に泊まってみたほうが色々と気づくこともあるだろう――ということだ。
という訳で、私は今、王都のホテルの前にいる。
といっても、すごく有名なホテルだったり、ゴージャスなホテルという訳ではない。そういうホテルは数ヶ月単位で予約が埋まっているものだし、そういったホテルは自分たちが目指すホテルからは外れるからだ。
「睡眠を大事にするホテル」というものがこの世に存在しないことはわかっている。
だが、建物の規模は同じくらいのホテルがいくつかある。
王都のホテルは泊まり客が多いため、こんな直前のタイミングだと中々予約が取れない。私としても王都に用事がある人の宿泊を優先したいため、混み合ってそうな宿は避けないと――と思案していた。
そんな中、あるホテルは比較的いつも客室にゆとりがあるらしい、とマーシーに教えてもらった。
そこに一人で泊まることにした。
「いらっしゃいませ。では、魔法が使える証明をしていただけますか?」
「はい」
ロビーで出迎えてきた人間が私の前に水の入った小瓶を出してくる。
私は魔法で小瓶の中の水を揺らした。
ここは魔術師のオーナーが経営しているホテルで、「魔術師に楽しんでもらう」をコンセプトとしているらしい。
故に、魔法の使えない人間は泊まれないようになっている。そのため、他のホテルよりも客室に余裕があるのだ。
(魔法の使えない人間を泊めないなら経営的には結構苦しいんじゃないかと思ったけど、ここはオーナーが自分のやりたいように経営してて儲けはそこまで求めていないらしいから、それでいいみたいね)
ここがどんなホテルかは事前に調べてきた。
なんでも、ここから少し遠くにある森に行って、そこで魔法で魔獣の狩りをするオプションがあるらしい。その森にはさほど凶暴な魔獣はいないからいい腕試しになるのだと。
狩れた魔獣は宿で調理してもらうことも出来るらしい。
(ただ、私はその手の戦うための魔法はほとんど出来ない。参加しても何の成果も挙げられないだろうな。
それに今回の勉強のためにはもう少し一般的な宿のプランを試してみたいし、宿の滞在時間をなるべく長くして寝室や他の施設がどうなってるかも確認したい)
色々考えた結果、私は狩りのオプションは見送ることにした。
(ホテルの人間は勧めてくるだろうけど、今回は断ることにしよう……)
私がホテルに着いたとき、先にチェックインをしている客たちがいた。その人たちも狩りのオプションを勧められて、彼らはそれを利用することにしたようだ。
まだまだ空き人数はあるといっていた。きっと私にも言ってくることだろう。
そう考えながら、スタッフが手続きをするのを見守る。
やがて作業が終わったらしいスタッフが、部屋の鍵と荷物を持って私を先導する。
「それでは部屋を案内します。こちらです」
「あ、はい」
「私どもから案内出来るものは以上になります。では、宿でのひとときをごゆっくりお楽しみ下さい」
「……?」
スタッフはにこやかにお辞儀をしている。
それはいい。
いいのだが、私には気になることがある。
「あの、少しいいでしょうか」
「はいはい」
「私がホテルに着いたとき、他の客に狩りのオプションについてお話をされていましたよね。あれは……」
「ああ。あれですか。あれは――まあ、お客様には関係の無いことなので」
(はい?)
特段の罪悪感も無さそうな笑みを浮かべて、ホテルのスタッフは会話を続けた。
ホテルスタッフが言うには、こういう事情らしい。
狩りのオプションは男性限定のものである。
男性一人や複数人なら受け入れる。
だが、女性のみなら断る。
夫婦で女性が男性についていきたいというのなら、見るだけは見ることが出来る。
そんな感じの説明をしていた。
女性の魔術師は、男性と比べて魔力が少ない。特に歳を重ねた魔術師はそうだ。
狩りに行って怪我をする確率も高い。そうなった場合、ホテルでの対応が追いつかなくなる可能性がある。
だからお断りしている。
「年齢で区切るといっても、あなたは年嵩だから――というと礼を失することになるでしょう。だから一律でお断りする。それがうちのオーナーの方針ですから。まあ仮に僕がオーナーだったとしても間違いなく同じ対応をしますがね。ふはははは」
(この人、何笑ってるのかしら)
悪びれずに笑う若者の男性スタッフに、私は心の中でイラッとした。
そちらの言い分からすると、女性と男性でサービスが違うのは正当な理由があると言いたいようだ。
が、それなら女性の宿泊料金を下げてほしいものだ。
狩りのオプションは無料で宿についているものだった。
そして、男性と女性で宿泊料金は変わらない。
つまり、女性が泊まるに当たって、この宿は割高になっているのだ。
男性限定のサービスがある代わりに女性限定のものがあるならまだいいけど、それもないのだ。
狩りに誘われても断るだろうとは思っていた。でも最初から対象外にされるのは話が別だ。
(なんだか狩りに行きたくなってきたわね。縁もゆかりもない魔獣を狩りたい訳じゃなくて、今目の前でヘラヘラ笑っているスタッフ、お前を狩ってやりたい……)
――と思うも、ぐっとこらえることにした。
このホテルはギルドのメンバーに紹介して貰ったものである。
それに、私は今後のためにホテルに勉強に来ている立場だ。
ここで騒ぎを起こすのはよろしくない。
「それがホテルのしきたりなのですね。ご説明ありがとうございます」
「ええ。その代わりといってはなんですが、女性の魔術師にも極力宿をお楽しみいただければと思っておりますよ。こちらがウェルカムドリンクになります」
「ええ、後でいただくわ」




