58_ホテルのコンセプトを作ろう
ホテルを開業し、そこにギルドで作った寝具を置き、更に睡眠の良さを味わってもらう。
その目標は昔も今も変わりは無いけど、実際に行動に移すとなると、あれこれ心配事が出てくる。
「そもそもだけど……ホテルって、開こうと思えば開けるなんてものじゃないわよね」
何人も泊められるだけの部屋を作り、食事処やロビーを作り、遠方から来た客の為に馬車を駐められる場所も作る。必要な施設だけでも、大きな土地が必要になる。
そして、そんな建物を建築するためには、沢山の時間が要る。
ざっくり見積もって二~三年は掛かるのではないだろうか。
そんな風にマーシーに聞くと、彼は手元にあったノートにペンで何やら図を書き始めた。
「一から建てるとなると、あんたの言う通りだな。だが、俺たちの狙いについて考えて見ろ。俺たちがやりたいのは豪勢なホテルを建てることか? そうではないだろう」
「それはそうね……」
外見からしてゴージャスで非日常的な体験が出来そうなホテルもあるけれど、私たちが目指すところはそこではない。
私がホテルで一番重視したいのは、寝室だ。
どんなに見た目が綺麗であっても、寝室が煙草臭かったり、ベッドが薄すぎたりしてうまく眠れなかったら、それは良い宿とはいえない。
「外見はほどほどでいいのよね。私は内装……というか、寝室と寝具を重視したい。それが一番の売りというホテルにしたいわ」
「ああ。それなら、開業までの期間を大幅に短縮する方法がある」
「なに?」
「既に使われたことのある建物を使うということだ」
マーシーはそう言って、ノートに筆記具でさらさらと文字を綴った。王都の外れの土地の区画の名前と、ホテルの名前が書いてある。
外れとはいっても、中心部に比べたら人口密集が多少は弱まるが故に広い建物も建てやすい場所で、宿もいくつかある。貴族たちが宿を取る際の候補にはあがりやすい土地……だったはず。
「このホテルは、現在使われてない。以前は経営されていたが、他のホテルと比べて客が取れず閉めることになった。元々は貴族が休暇用に作った邸宅で、他の人間も泊まれるようにという取り計らいをしていたから、そこそこの広さはある。客室も数十はあるはずだ」
「そうなんだ。じゃあ、私たちが作りたいホテルに丁度いいわね」
「今は閉鎖されているが、建物自体はまだ残っている。誰かこの宿を引き継ぎたい者はいないかと権利が商売に出されていたんだ。暫く宙ぶらりんになっていたが、そろそろ手を挙げに行くのも悪くないと思っている。まあ、その為には諸々の条件があるが」
そして、マーシーは詳しい条件を教えてくれた。
ホテルを開業するためには、以下のことが必要らしい。
申請者の財務状況を申請すること。
開業予定のホテルのコンセプトを作り、内装や外装の図面を提出すること。
ホテルを現地で見てもらって、客を泊めるのにふさわしい場所であるか確認してもらうこと。
「それぞれの条件で許可を貰ったら、ホテルを開業して良し、ということになる。外装は今あるホテルをそのまま使うにしても、まあ、そこそこの時間がかかるな」
「とはいっても、数ヶ月くらいじゃない? それくらいなら全然早いと思うわ。審査というのがどれくらいの厳しさなのかが未知数だけど……やってみましょうよ」
「ああ。計画の主導はあんたがしてくれるか?」
「私?」
マーシーは頷く。
「ネージュがホテル経営について素人だということは知っている。だが、案外そういう人間の方がこれまでの慣習に囚われずいい考えが出てきやすいものだ。そもそもホテルを開きたいと言ったのもネージュのアイデアが発端だからな」
「そうは言っても、守った方がいい決まり事もあると思うけど」
「それは俺のわかる範囲でサポートする。だが、アイデアを出す段階ではあまり考えなくていい」
「ふうん……」
マーシーはビジネスに関することはしっかりやってくれる。彼がそういうなら信用してもいいだろう。
内装に関しても、建築として守った方がいいことは事前にチェックしてくれるらしい。
(今この場でさっと言えそうなのは……ホテルのコンセプト、か)
私は、自分の考えを口に出す。
「『最高の眠りと癒しをあなたへ』とかでいいんじゃないかしら」
「眠りと癒しね。ま、妥当だな。俺たちは寝具を押し出したいからな」
今までのホテルは、『夜は身体の疲れを取れれば良し』という感じで、寝室を強調して宣伝するものは無かったようだ。
だが、私たちが作るものは違うものにしたい。この宿で体験出来る眠りこそが至高――そんな風に思わせたかった。
「あとはホテルの名前も決めたほうがいいかしらね。といっても、私ネーミングセンスにはあんまり自信が無いんだけど」
「名称は仮でもいいんだぜ」
「うーん……ドリームホテル、ひつじのホテル、隠れ家ホテル、レムレムホテル……」
「名前が被っているものは避けた方がいいな。ドリームホテルもあるし、ひつじのホテルもある」
「ひつじのホテルもあるんだ。宿の中でひつじに触れたりするの……?」
経験がないことは苦戦する。ホテルについて考えるのも中々骨が折れた。
でも、マーシーと話しながらアイデアを出していくのは楽しかった。




