57_ホテルを開くときがきた
「ホテル……」
「前に言ってただろう。客に寝具を体験してもらうために、出来れば寝転がってもらいたいと。だが、今のままの店の形態ではうまくいかないだろうと」
そうだ。
貴族たちは体面を気にするから、開けた場所である店舗の中ではそうそう寝転がれない。
貴族の口コミで広がる評判は商売に大きなプラスをもたらす。
そして、寝具を試すならば寝ながら試すことが推奨される。身体や頭を預けないと中々普段寝るときと同じような感触を味わえないからだ。
出来ることならば、貴族に寝具店で寝転がりつつ試してもらいたい。
だが、貴族たちの体面というものがあるから、それはしてもらえそうにない。
それを解決する手段として私が示したのが、「ホテルを開く」だ。
ホテルの各部屋の寝具をすべて睡眠ギルドで作った寝具にする。直接寝転がってもらって、寝具の素晴らしさを身をもって味わってもらう。
前世でも、高級なマットレスや枕といった寝具を部屋に使っているホテルはあった。高い寝具を購入する前に、そういった場所で一度泊まってみて、自分の身体に合った寝具なのか試すのだ。
そこでぐっすり眠れれば、晴れて購入出来る――ということだ。
枕ならともかく、ベッドもマットレスも毛布もそれなりに購入には手間がかかる。仮に自分の身体に合わなかったとして、大きい家具だから処分にも一苦労するものである。
失敗したくない、買った後に後悔したくない、という需要も寝具のお試しホテルは満たしているのだ。
(私としても、そんな宿があったら泊まりに行きたいわ。ローハイム家のメイドや執事たちは私が命じれば寝具の取り替えくらいすぐにやってくれるだろうけど、それなりに手間のかかることだから何度も命じるのは申し訳ないし……)
なんなら、数日間ホテルの部屋を取って、毎日違った寝具を使い、自分には何が一番適しているのか探るのも楽しそうだ。
睡眠ホテル――良い。
更に心地良い睡眠ライフをもたらしてくれそうだ。
……でも。
「確かに私はホテルを開きたいって言った。でも、それには色んな条件をクリアしないといけないって言ってなかった?」
「ああ、言った。ホテルを開くには審査が要るから、それを突破出来るような状態になっていないといけない。我々が継続的に利益を出して成長していることと、怪しいギルドだって思われないような箔もあればいい。だが――想定よりも早く、俺たちはそれを手にすることが出来た。そう思わないか?」
「ん……」
私たちの寝具ギルドは、一号店に二号店、それ以外に出張所を出している。商品の売り上げはどこも好調だ。
それだけでなく、貴族たちの援助も受けている。
ギルベルトもリンハイルも名門の貴族である。そして、イリスが開発している商品は目覚ましい躍進を遂げている。私たちがこの先ひたすら寝て過ごしたとしても、充分な金が積まれ続けることが予想される。
(そうか。資金という意味では、もう目標を達しているのか……)
そして、睡眠ギルドに箔をつけること。怪しい事業だと思われないようにすること……。
こちらが達成出来たかというと、私には少々自信がない。
睡眠ギルドが寝具を売り始めてから、まだ一年と経っていないのだ。伝統的で安心安全な事業と名乗るのはまだまだ難しいだろう。
(でも……みんなが頑張ってきたおかげで、少しずつ信頼は得てる……と思う)
寝具店で売った睡眠関係の商品は、みんな評判がいい。
王都の店の中には、店頭で商品を売りつけるまでの営業トークのみを頑張って、実際の商品に瑕疵があっても知らんぷりするようなところもあるらしい。
だが、寝具店で売る商品は、『買った人みんなに満足してもらう』ことを目標にしていた。
中には『うまく眠れなかった』と買った後の商品についてクレームをつけてくる客もいたけど、そういった人は眠るまでの時間の過ごし方に問題があることがほとんどだった。眠る前にはコーヒーを飲まない方がいいだとか、そういう基本的なことだ。
そんな客には、どうすれば寝具の効果を万全に発揮出来るか丁寧に教えるようにした。
次に店に来るときは『ぐっすり眠れた』と嬉しそうに報告しに来る人ばかりだった。
そして、他の者にも勧めたいと新たに商品を買ってくれたりもする。ありがたいものである。
それに、ギルベルトやリンハイル……名門の貴族たちも寝具の使用を勧めてくれているのだ。
『怪しい商品』『胡散臭い商品』という評価からは脱却することが出来ている、と思いたい。
「……そっか。よく考えてみれば、もう新たな商売が出来る条件は概ね満たしてるのかも。完全に満たしてるかというと怪しいけど」
「どんな商売であっても、『100%大丈夫』という状況なんてそうそうならないぞ。ある程度の失敗は織り込んだ上で挑戦をするもんだ。もっと安全なタイミングを見計らって間を置いたら、今よりも悪い状況になっている可能性もある訳だしな」
それはそうかもしれない。
「じゃあ……考えるとしましょうか。ホテル開業計画を」
マーシーは、私の提案に頷いた。




