56_2号店とその余波の成果
魔術師の家へ入り、遠い地に旅立ったイリスと別れてから数ヶ月過ぎた。
その間、様々なことが起きた。
様々なこと――とはいっても、悪いことが起きた訳ではない。
寝具店の一号店と二号店はずっと売上好調で盛況だ。
店に入れずに帰っていく客たちも中にはいて、機会損失が勿体ないとマーシーと話し合った。
その結果、「次のステップとして出張所を出そう」「王都の有名な雑貨店にうちの寝具を置いて貰おう」という運びになった。
直営店の他、王都の人気所にうちの商品が置かれることになった。そして、そちらも繁盛している。
睡眠ギルドはまだまだ名前を馳せている訳ではない。私たちだけだと直営店以外の場所に商品を展開するのは難しかったかもしれない。
だが、そこは新たに商売のサポートをしてくれているリンハイルの影響が大きかった。
「かのハートウィック家が後押ししているならうちも商品を扱ってみよう」と考える店が多かったのだ。
この結果はハートウィック家が長きに渡って活動し続けた信頼があるからこそであり、私はそれにあやかる形になった。こればかりは感謝しなければいけない。
それに、好調なのは寝具だけではない。
遠い地方で魔法の研究に勤しんでいるイリスは、数々の新商品を開発しているようだ。
飲んでも二日酔い等のダメージはなく、だがお酒に近い味は楽しむことが出来る、ノンアルコールのドリンクとか。
沢山食べても虫歯になりづらく、だが甘さは楽しめる、ノンシュガー製品とか。
塩気たっぷりな惣菜を食べても頭痛やだるさをもたらさない、減塩商品とか。
(要は『今までどおり美味しいものを食べたいけど、身体には悪影響が出ないようにしたい』という需要。それをイリスがノンカフェインコーヒー開発時の技術を転用することで実現可能にしたみたい)
これがもう、爆発的に売れているらしい。
この世界の平民はそもそも甘いお菓子や美味しい惣菜にありつくことのハードルが高いから、主な顧客は貴族だ。
領民から沢山税を取ってたらふく肥えている、いい暮らしをしているが健康面には不安を抱えている――そんな貴族たちが主なターゲットになっているようだ。
(なんていうか……『食べもの』の需要ってすごいのね。一日に何度も摂取しないといけないものだから、流行り始めたらとても沢山注文があるみたい)
寝具ギルドの権利下にあるノンカフェインコーヒーもとても評判だ。こちらは寝具店で売るだけではなく、王都のコーヒーハウスと提携して商品を置くようにしている。
もともとコーヒーの人気が高いのに加えて、「午後に飲んでも夜すっきり眠れる」という説明をつけたことで興味を持つ人が増えたようだ。
この説明だけでは、「夜眠れる?そんなものコーヒーの意味がないじゃないか」と一笑に付す人も大勢いたことだろう。
だが、リンハイルが「僕の場合ノンカフェインコーヒーは研究に有効だった」と広告を出してくれた。
それを見た魔術師たちは、「あなた程の人がそういうなら……」とノンカフェインコーヒーを飲み始め、それを見た魔術師以外も興味を惹かれたようで、我も我もと注文する人が増えた。
これも魔術師としてのハートウィック家が名門だったからだろう。
二号店にケチをつけられたときはどうしてやろうと思ったけど、今となっては寝具ギルドに全面的に良い影響をもたらしている。彼には感謝したいところだ。
そして、リンハイル以上の勢いで寝具ギルドの力になっているのが、イリスである。
寝具店の閉店後、私はマーシーとバックヤードで話し合っていた。
「これがこの月の売上だ。数値だけでなく図にも纏めておいた。これは直営店のもの、これは出張所のもの。そして、これは寝具ギルドへの貴族の援助をまとめたものだ」
「……援助の利益が一番高いのね」
「そうだな」
私たちの寝具ギルドは、商品で売り上げを出す他、ギルベルト、リンハイル、イリスの援助を受けている。寝具店と一悶着あった上で、彼らはギルドの力になりたいと言ってきたからである。
そして、中でもイリスの援助額が一番大きい。
イリスは今、魔法の研究をしながら食品系の開発を多く進めている。そして、食品というのは当たれば大きな市場になるのである。
彼女とは時々手紙でやり取りをするけど、「ネージュさんのギルドの力になるというのも私が研究を頑張る原動力になっています」と言っていた。
そんな彼女の為にも、寝具ギルドを盛り上げていきたいなと思う。
――思っているが。
「更に商売を発展させたいところだけど……今のところ、何かを改善させるまでもなく好調って感じなのよね。どうしようか、マーシー」
私はそうマーシーに話し掛ける。
寝具店はずっと盛況だけど、仮に私たちが寝具店の営業を取り止めたとして、日々援助される額だけで当分悠々と暮らして行けそうだ。
寝ている間にギルドの財産が着々と増えている――そんな状況である。
(『寝ている間に諸々のことは全部終わっている』って、理想の生活だと思ってた。でも、いざこうなってみると、なんというかこう……ずっとこのままいる訳にはいけないな、という気持ちになるのね)
結局のところ、私以外の誰かの働きによって稼ぎが増えているからそう思うのだろう。
私が寝ている間、イリスは働いているのである。そして、それに養われている。そんな状況だ。
この世界では彼女は一人前の魔術師とはいえ、年下の子供に養われるというのはいささか居心地が悪いのである。
マーシーは、私の話を受けて椅子をギシリと軋ませた。
「そうだな……。何もかも好調とはいえ、このまま同じことをやり続けるというのもギルドとしては良くないだろう。そろそろ新しい挑戦を始めるタイミングかもな」
「というと……?」
「最初に言い出したのはあんただろう、ネージュ。ホテルだよ」




