53_魔の一撃って①
私は今日、マーシーと一緒に二号店で待機している。
今日はリンハイルが予告していた、店に再度来る日だ。
イリスが作ってくれたノンカフェインコーヒーを私は試した。
結果、夜の時間にコーヒーを飲んだとしてもほどなく眠気が来たし、私はぐっすりとよく眠れた。
――前世で飲んだ、あのノンカフェインコーヒーがそこにはあった。
一人二人のサンプルだけだと心許ないので、睡眠ギルドのメンバーに連絡してみんなに試して貰った。
その結果、皆夜でも眠れるようになったと喜んでいた。
満を持して、私たちはノンカフェインコーヒーをリンハイルに差し出すことにしたのである。
「父親は早めに物事が解決するならばそれを評価する人間です。だから私が商品を家まで持っていって数々の寝具を使わせたい」と申し出たのはイリスだった。
勘当された相手である父親がいる家に一人で行かせても大丈夫なのか確認したけど、「父親は一人の魔術師として家に行けばきっと一度は受け入れてくれます」と言い、自分で行く主張を譲らなかった。
「しかし、みんなが詰まっていたのに、イリスが研究に取り掛かったらあんなスピードで開発が終わるなんて……不思議だわ」
「魔術師にはよくあることだ。毎日少しづつ成果があがるのではなく、ひとつの閃きで道が一気に開けたりする。ネージュのノートが参考になったんだろう。それに、あの嬢ちゃんはかなり強大な魔力を持っているようだ。だから新たな商品の開発もうまくいったんだろう」
ハートウィック家は魔術師の名門だ。そういった家は得てして高い魔力の血が脈々と流れている。
今までの家庭環境はイリスに合っていなかったが、ロフト部屋でしっかり睡眠を取った結果体調が回復し、本来の能力を取り戻したのだろう――とマーシーは語った。
多分、マーシーの推測は合っているんだろうけど……。
「しっかり睡眠を取ったって言っても、イリスは何年も寝不足な状態だったんでしょう。それなら、もっと何ヶ月も休養を取った方がいいんじゃないの。こんなに精力的に働かなくても……」
「彼女は既に魔術師として働いているんだろう。体調が良くなったら活動に移りたいと思ってもおかしくない。ある程度動いている方が調子がいいということもあるだろう。夜に眠るときだって、日中に何もしないよりは、運動なりなんなりした方が気持ち良く眠れるじゃないか」
「まあそれはそうだけど……」
「……あんた、イリスに関しては随分と心配するじゃないか? 他人をそこまで気にするなんて、珍しい気がするな」
マーシーが不思議そうな声をあげる。
私は、そういうこともあるわよ、と適当なことを言いつつ肩を竦めた。
……多分、この世界の平均的な反応はマーシーの方なんだろう。魔術師は子供のうちから活動することも多いみたいだし、ちゃんと仕事が出来るならば一人前の相手として扱うようだ。
まだ十歳そこらのイリスを休ませてあげたいと思うのは、私が前世の知識に引っ張られているからだろう。
(あと、イリスと同じ部屋に泊まったのも関係しているわ。あの場所で、彼女の弱音を聞いてしまったから……)
あそこで聞いたことは、おいそれと人に言う訳にはいかない。自分の胸にしまっていた。
……でも、あの夜にイリスは自分が足を引っ張っていることを気にしていると言っていた。
そして、今イリスは精力的に活動出来ている。
加えて、魔術の研究をしているイリスは確かに楽しそうなのだ。
それならば私が出しゃばることではないかと、考えを改めるようにした。
そんな風に物思いに耽っていると、店のベルが鳴った。
マーシーがそれに反応にして、入り口へ駆け足で移動して扉を開く。
「はい、ただいま。 ……ハートウィックの旦那! 我々はお待ちしておりました」
「ああ……そうだね……」
扉の向こうにいたのはリンハイルだった。もともとこの時間に来る約束だったから、それはいい。
気になるのは、リンハイルの顔がどことなく青白いことだった。
リンハイルには私たちが開発した寝具、そしてノンカフェインコーヒーを渡してある。イリスが数日前に家に訪問して届けてくれた。
それから日が経って、リンハイルに睡眠ギルドの活動を続けていいかのジャッジをしてもらうことになった。
「お父様はきっとこちらの商品を使った上で判断してくれる、取引の話ならば真摯に対応してくれるはず」とイリスは言っていた。
それに関して、イリスを疑っている訳ではない、けど。
(リンハイルがちゃんと寝具を使ってくれたとして、これは……どっちなの? なんか前よりも調子が悪いようにも見えるんだけど、リンハイルは寝具に満足したの? してないの? どっちなのよ……)
私は内心ハラハラする。
リンハイルが来てから二週間ほど経った。自分たちに出来ることはやったと思う。
その上で、寝具に満足していないと言われたら、私たちの活動はここで終わってしまう。
(今回はイリスも協力してくれた。彼女を含めたみんなの尽力も意味を為さなかったって言われたら……ちょっと堪えるわね)
私が風邪を引いていなければ、あのときは数日休んだけど私がもっと頑張っておけば良かったのかしら――と、今になってじわりと心の中に焦燥感が生まれる。
あのときにしっかり寝たことについては間違いだったとは思わないけど。でも――。
「……ネージュさん、マーシーさん」
「は、はい」
私が頭の中であれこれ考えていると、リンハイルがどこか虚ろな声を出した。
「イリスがうちに来て、そちらの寝具を紹介しました。そして、僕はそれらを使いました。イリスが同封してくれた説明書を読んで、使い方に合わせるようにして」
「そうですか。では……どうでした?」
「僕が最初にあなたがたに吹っ掛けた要求は、撤回します。あなたがたの寝具は――素晴らしい。僕の言うことが間違っていました。あなたがたは、睡眠ギルドは……この先も末永く活動を続けてほしい。そのための援助はこちらとしては惜しみません」
私はその言葉を受けて、瞬きをする。
隣にいるマーシーが、ありがたい、とか、こちらとしてもよろしく、とか、そういう意味の言葉を喜色と共に丁寧にリンハイルに伝えていた。
(そっか……)
話がうまく纏まりそうなのは、良かった。寝具店は引き続き商売を続けられそうで、ギルドの活動も継続出来るみたい。
良かったんだけど……。
やっぱり、私は引っ掛かるところがある。
それをリンハイルに聞いてみることにした。




