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51_睡眠ギルドのコーヒーとは、商品とは(リンハイル視点) ①

 王都には沢山のコーヒーハウスがある。

 王都に来る度に、この文化が栄えてくれて良かったと思う。



 夜中に必死にペンを動かして頭を動かす。魔術の研究を進めるためにはそれが不可欠だ。

 忌々しく忍び寄る眠気を吹き飛ばしてくれるもの、それがコーヒーだ。

 我々魔術師たちの苦労も栄光もコーヒーと共にあった。

 そうして、我がハートウィック家は魔術師としての技術を積み重ねてきた。



 研究畑の魔術師にいずれ訪れるといわれている、魔の一撃。

 僕もそれに出会う日を迎えてしまった。



 だから、僕は急がないといけない。

 何をする気力も無くなってしまう前に、進められることはやらないといけない。



 魔術師のためのコーヒーハウスを作って。

 僕たち研究者の睡眠を乱した睡眠ギルドには退場して貰って。



 やるべきことは沢山あるけど、順調に進められていると思う。

 僕に残された時間は少ないのだから――。




 僕は自室の机で伸びをして、そして本棚から日記帳を引き出す。

 と――本棚に多くの本が詰まっていたからか、古い日記帳も勢いで飛び出し、床に散った。



 その日記帳の表紙の日付を見て思い出す。

 イリスが生まれた頃の日記だ。


 日記というのはそのときの感情を記録してくれるものだと思う。日記帳を見ただけで、今までのことが一瞬で思い出された。




 イリス、僕の娘。二人いる子供のうちの下の方。

 僕の妻が娘を産んだとき、「この子の生が明るいものになりますように」と言っていた。まるで祈るように。

 その望みに精気を吸い取られてしまったかのように、彼女はイリスを産んでから体調が悪化して、そのまま世を去った。



 後妻を取るというのは僕には考えられないことだった。息子と娘は僕が育てていこうと思った。



 息子はおおむね順調に育った。僕が息子と同い年の頃よりも魔法の実力は下に思えたが、まあ許容範囲だ。

 それに息子は長いスパンで成長を見守れるだろう。

 その理由はシンプルで、男性だからだ。

 研究畑の魔術師はいずれ魔の一撃で現役引退を余儀なくされる運命にある。だが、それでも男性は比較的長い時間活躍することが可能なのだ。僕は男性に生まれて幸運だったと思っている。



 問題は娘、イリスの方だった。



 女性として生まれた子供。イリスが魔術師として活動出来る時間は短く、儚いものだろう。

 だからこそ、僕は親として彼女を鍛えなければいけなかった。



 イリスは僕の教えに必死に着いていこうとして、魔法の基本を覚えた。だが、僕としては物足りないものだった。

 更に教育の時間を増やした。

 だが思うようにはいかない。イリスは僕の指導にますます着いていけなくなった。



 家格の高い家に生まれた者は、相応の責務というものがある。

 ハートウィック家は伝統ある魔術師の家系であり、その期待される実力を示せないならばイリスと一緒に住むことは出来なくなる、と繰り返し伝えるようにした。

 だが、結果的にイリスは僕の命に背き続け、家を出ることになった。



(あのギルドの寝具のせいだな。奴らと関わることがなければ、こんなことにはならなかった)



 ――研究の疲れか、疲労した身体がずきずきと痛む。まだ夜になるには早い時間なのに。

 痛みに鈍る思考の中、僕のギルドへの考えだけはクリアだった。



 僕としても、娘と別れたかった訳ではない。可能なことなら魔術師として大成して欲しかったし、いつまでも一緒に暮らしたかった。

 それが出来なくなった決定的な切っ掛けは、睡眠ギルドの寝具を使ったことだ。

 あの寝具によって、僕たちは長時間眠った。そして遅刻してしまった。



 寝坊とは、あってはならないことである。

 だから、あのギルドも消えるべきだ。

 技術的な見所があるとしても、社会的な同義に反する集団は消滅するべき。率先してその未来へと働きかけていくのが、貴族として生まれた自分の責務だと考えていた。



 ――リーン。



 一人で考え込んでいた僕のもとに、ドアベルの音が届く。


 今日は息子は仕事先に泊まるという連絡を受けていた。今になって何かトラブルが起きたのだろうか。




「リ、リンハイル様……! あの、あなたに喫緊のご用事があるという方が玄関に」

「それは僕が対処すべき人間なのか?」

「は、私はそうであると判断しました。お手間を掛けますが、ご足労いただきますよう……!」




 玄関に出た執事が、戸惑った顔をして戻ってきた。

 煮え切らない反応を奇妙に思いつつ、僕は玄関へと向かう。




「……。なんだと……?」

「――こんばんは。突然の訪問、失礼します」



 扉の向こうにいたのは、僕の娘、イリスだった。

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