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50_イリスの提案

 風邪は長引くと一週間は苦しむことがある。

 が、今回はほどなくして全快した。



(早い時間からひたすら眠り続けたら、スッと治ったわ。やはり休養と睡眠は大事! これより優先するべきものなんて無いわね)



 ベッドの中で伸びをしつつ、私は改めてそう思った。



 部屋から出て、私はシエラと合流した。

 朝食を食べながら、シエラと今後のことを話し合う。




「この後は王都に行って、マーシーと連絡を取り合いつつ、リンハイルがまた来たときに備えるつもりよ」

「今回はハートウィック家ですか……。一号店のときよりも力が強い貴族が物言いをつけてくるとは」

「しかも一号店のときより言ってることが無茶なのよね……」



 社会的地位が高いからといって、必ずしも真っ当な振る舞いをしてくれる訳じゃないのね、と私はため息をつく。

 いや、社会的地位が高いからこそ横暴な振る舞いになってしまうんだろうか? その前後関係はわからない。



(でもこれ、イリスには言えないな。自分に辛く当たってくる父親であっても、あの子は慕っているみたいだったから。……イリスは元気にしてるかしら)



 私が風邪気味だったこともあって早々に別れてきたから、泊まった後の彼女の様子はあまり伺えなかった。



(イリスは当初修道院に入ると言っていた。それが彼女にとって一番いい道なのかしら。……私がいい働き場を斡旋出来るなんて思わないけど、商会や今まで知り合った貴族に相談したら、何か別の場所を紹介することは出来ないかしら)



 イリスが父親リンハイルに勘当される決定打になったのは、私たちの寝具店を庇ったから、らしい。

 私たちを庇ったことにより、イリスは大変な目にあっている。

 私に出来ることは少なくとも、可能な限りそのフォローをしたかった。




(彼女のフォローと一緒に、ノンカフェインコーヒーの制作に取り掛からないと。……中々忙しいわね)




 私は今開発中のものについて考える。



 ノンカフェインコーヒーは、その名の通りコーヒーからカフェインを抜いたものだ。



 カフェインの入っている飲み物が眠気を阻害するのには理由があるらしい。


 人間は起きて活動していると、細胞同士くっついて眠気を引き起こす物質が発生する。

 そして、カフェインの形はその物質と似た形をしているらしい。

 だからカフェインを摂るとカフェインの方が細胞と先に結びついてしまい、眠気が発生しないんだそうだ。



(前世で飲んでたようなノンカフェインコーヒーを作るやり方自体は知らないけど、『カフェインの形を変える』ことが出来たら、私のやりたいことは達成出来ると睨んでる。コーヒーを飲んでも眠気が発生するようになればいい。それさえ出来れば、私の思うノンカフェインコーヒーは出来上がるはず……)



 理屈自体はわかっている。だが、思うような結果が得られていない。

 私自身が『カフェインの形がわからない』という弱点を抱えているからかもしれない。



(魔法は対象の形とか性質を理解していればしているほど効果が出やすいって聞いた。逆に言えば、それらがわかっていないと中々成果は出づらいんだろうな。……細胞の形とか、ぼんやりとしか見てなかったけど、ちゃんと覚えておけば良かったわ)



 少々後悔するも、今から前世の資料を見に行ける訳ではない。だから切り替えが必要だ。

 あと十日程度、リンハイルが再度訪れるまでにどうにしかしないと――と思いつつ、私は朝食に舌鼓を打った。



 ****


 ローハイム家から出て王都まで移動し、ギルドの人間と連絡を取り、諸々の用事を済ませてから私は王都のロフト部屋に着いた。もうすっかり遅い時間で、アパルトマンまでの道も静かなものだった。



(イリスはもう寝てるかしら。長年の習慣で彼女は宵っぱりになってるみたいだから、まだ寝る時間ではないかな)



 そもそも、イリスは私のロフト部屋にいるんだろうか?

 あの部屋を使ってもいいとは言ったけれど、彼女があの部屋にいないといけない理由は特に無いのだ。もう出ていてもおかしくない。

 イリスが不在ならば、それはそれで構わない。彼女が納得出来るような行き先を見つけていればいい、と思うけど。



 そんな風に考えながら、私は部屋の扉を開いた。



「――お帰りなさい!」

「あ、イリス。ただいま」




 果たして、中にはイリスがいた。

 彼女は私の荷物を部屋に運んだ上で、すみませんと真剣な顔で謝ってきた。



「どうして謝るの? 部屋を自由に使ってもいいって言ったじゃ無い」

「そうですが。ネージュさんは……私のせいで体調を崩したのですよね?」

「ん?」

「あの朝にコーヒーを飲むとき、ネージュさんは紅茶にしていました。喉に良いものを選んだのですよね。少し震えていた様子でしたし、私が風邪を移してしまったんだと思います。……申し訳ありません!」




 どうやら、私がいない間にイリスは私の変化に勘付いたようだ。彼女は何度も頭を下げてきた。

 私はその謝罪を終わらせたくて、彼女に経緯の説明をする。




「そもそもイリスの風邪に気付かなかった私にも落ち度があるわ。それに、今は沢山寝たこともあってもう全快したの。だから大丈夫よ」

「……いえ。私はあなたの時間を奪ってしまった。私はネージュさんに多くのものを貰ったというのに! だから、私はあなたに報いたいのです」

「そこまで張り切らなくてもいいけど……」



 私はむしろ、私がイリスから諸々の財産を奪ってしまったのではないかと思っている。寝具を開発したことは私の誇りではあるけど、それが回り回ってイリスの今までの生活を壊してしまったのだから。




 そうだ、イリスと今後の生活についての相談もしないと――と考えていると、彼女は「少々お待ちください」と宣言し、私に背を向けてキッチンの方へと歩いて行った。


 私はリビングに残される。



(何かしら……?)




 とりあえず、彼女の言う通り私はリビングで座って待つ。

 程なくして、イリスはマグカップを持って戻ってきた。



 その中に入っているのは、コーヒーだ。

 ミルクを少量入れられたコーヒーが、カップから湯気を立てている。



「ネージュさん。こちらはコーヒーです。……ネージュさんに飲んで頂きたくて作りました。コーヒー、お好きなんですよね」



 イリスの語る言葉に、私は少々気まずくなった。



「ああ……うん。確かにコーヒーは好きよ。でも私、基本的にこの時間にはコーヒーを飲まないようにしているの。眠れなくなっちゃうから。だけど、折角淹れてくれたなら……」

「ネージュさん! あなたが普段夜にコーヒーを飲まないようにしていることはわかっています。だからこそ、完成したこのコーヒーを飲んで頂きたいのです」

「……え?」




 イリスはリビングの本棚のノートにちらりと目をやった。

 私が最初にイリスを連れてきたときに説明に使ったノートだ。

 今ノンカフェインコーヒーを開発しようとして、でも中々難しいとイリスに語ったもの……。



「イリス。じゃあそれって、まさか……ノンカフェインコーヒーなの?」

「はい。――あなたの時間を奪ってしまった詫びをどうしようと考えていました。直近で考えないといけないことは、リンハイル――私の父親が寝具店につけたクレームだろうと、そう思いました。だから、私……お手伝いしようと思いました。あなたの商品を」




 そう言われて、私はあることに気付く。

 私が今日来たロフト部屋は片付けられてはいるけど、部屋の隅に実験道具のようなものがある。

 あれは魔術師が魔道具を開発するときに使うものだ。私も自分で魔道具を作ろうとすることはあるけど、今部屋の隅にあるものは私が使う道具とは別のものだった。



 ということは……。



「イリス。あなた、ノンカフェインコーヒーを開発したの? ひとりで? こんな短時間で……!?」

「ひとりで、ではないです。あなたの理論があるからこそ、私はその実現に集中出来ました。また、作ったものの効果の測定はまだ私しか出来ていない。ネージュさん……あなたに確認していただきたいのです」



 イリスはそう言い、私にマグカップを差し出した。

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