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49_いつまで寝ていても大丈夫という点において風邪はそんなに嫌いじゃない

 

 私は、やってしまったかもしれない。




「ネージュ様、お帰りなさい。あの、お身体の調子はいかがですか?」

「ごめんなさい、シエラ。あんまり大丈夫じゃない……」

「大変です! すぐに看病の準備を致します。ネージュ様の寝室は毎日セットしているので、すぐにお使いいただきます!」

「ありがとう……ケホッ」



 シエラへの挨拶も程々に、私は寝室に行くことにした。



 イリスと初めて会ったとき、何やら息が荒いなとか、顔が赤いなとか、そういう違和感はあった。

 ロフト部屋で一緒に寝た後は元気そうにしていたから、恐らく彼女の体調不良は治ったのだろう。

 ――代わりに、私が体調不良になってしまった。




(これは完全に……風邪ね。おそらくイリスのものが移ったんだわ)




 イリスにそれを悟らせたら気にするだろうと思って早々にロフト部屋を出てきた。



 まだ子供の彼女を部屋に一人にすることになってしまったが、イリス自身は家に一人で留守番することも多く、生活魔法全般も扱えるらしい。

 それなら大丈夫――、そう思うことにした。




 私は寝室に向かって歩く。

 いつもはなんてことない道のりだけど、咳と悪寒が止まらない今の状態だと、そこまで移動するのも一苦労だ。




 私は息を切らしながら寝室まで到着した。

 間もなく、後ろからシエラが追いついてきた。



「ネージュ様、お召し物はこちらで受け取ります。また、こちら魔道具になります」

「……あら。なんだっけ、これ?」

「スプレーひとふきで身体を清掃する魔道具です。今のネージュ様には必要なものだと考えて持ってきました」




 シエラに言われて、私は合点がいった。

 ……確かに、今の私には風呂に入って身体を綺麗にする気力が残っていない。

 元々は長旅などで疲れた時用に作ったものだけど、こういう体調不良の時も役に立つのだと実感した。



「ありがと。今の私は……色々やる気力が残ってないみたい。シエラに甘えさせてもらうね」

「とんでもありません。この魔道具はネージュ様が開発なされたものなので、私どもはあなたのお力を頼りにさせていただいています。あ! もし私に身体の清掃を任せたいということならば、魔道具ではなく私が担当しますが……!」

「いや。今は早く寝るのを優先したいかな。シエラと長くいて、風邪を移すのも悪いし……ケホッ」

「……かしこまりました。では、手早く準備させていただきます!」




 シエラが魔道具の効果を発動させた。私の汗ばんだ身体がスッキリする。これで風呂に入ったのと同等の状態になった。

 その上でシエラは着替えを持ってくる。寝間着だ。

 綿で作られた寝間着は、身体に密着させても風通しがいい。熱で火照った身体をいい感じに冷ましてくれるみたいだ。




「ありがとう……。これで過ごしやすくなったわ」

「汗をかいたときのために、予備の寝間着も近くに置いておきます。脱いだものは後でこちらが回収いたします」

「助かるわ……ケホッ」

「……! あまり声を出さない方がいいかもしれないですね。ネージュ様、お大事に」



 シエラは早々に部屋を出て行った。

 私は部屋の中にひとり残される。



 もぞもぞと寝床の中に入り、シーツと布団に挟まれて目を閉じた。




(やっとここに戻って来れた……)



 ベッドに入るのはいついかなる日であっても嬉しいものだ。人と別れて、寝間着に着替えて寝床に入るとき、何もかもから解放された気持ちになる。

 体調不良のときはひときわありがたい、と実感した。



(リンハイルのこともあるから、本当は手早く治さないといけないんでしょうけど……それでも、焦るのはやめて、ゆっくり休むことを優先しよう。体調不良のときに急いだっていいことはないもの)



 そうして、目を閉じて意識を深い闇の底へと沈めた。



 ****


 それから、どれくらい眠っていたのかはわからない。

 私は暗闇の中で目を開けた。



 ごそごそと寝床から這い出すと、ベッド近くのサイドテーブルの上にお皿が置いてある。

 その上には切った果物が置かれている。喉を労ってか、蜂蜜もかけてある。

 そして、シエラからのメモ書きも置いてあった。



(『食べ終わったらそのままにしていただいて大丈夫です、歯を磨くのも辛い場合は魔道具をお使い下さい』か……)



 確かに、私が開発した魔道具は口内を含めた全身を洗浄する効果がある。

 食事をした後の諸々の作業がしんどい場合も使えるという訳だ。



 私はシエラの指示に従い、差し入れを食べた。

 そして、再びベッドの中に潜り込んだ。



(昨日の早い時間にベッドに入って、ずーっと寝て、今は深夜か。まだまだ体調は全快してないから、これからも何時間も寝る……)




 いくら眠るのが好きとはいえ、ここまで起きて活動せずに睡眠に専念するのは珍しい。

 それこそ、風邪のときくらいでもないとここまで眠り続けたりはしない。



(風邪の症状は好きじゃない。でも、いつまで寝ていても大丈夫って点において、風邪はそんなに嫌いじゃないわ……)




 長時間ベッドの中で寝ていると、いつも過ごしているときの平衡感覚が無くなっていくのか、ふわふわと浮遊感を感じることがある。

 それは風邪を引いた今くらいしか味わえないことなので――折角だから、それも楽しむとしよう。

 そう思いながら、私は再び眠りについた。


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