48_二人の朝
朝が来た。
ロフトルームの朝は、基本的に薄暗い。窓がなくて光が入ってこないからである。
だが、私は光目覚ましを枕元に置いてあるため、太陽のような暖かな光と共に起きることが出来る。
そして、いつも安定して目を覚ましているからか、今日は目覚ましなしで目覚めることが出来た。
私は上体を起こそうとする。
――が、うまく起き上がれなかった。
(あ……)
身体に重みを感じて、私は隣に目をやる。
イリスが私に抱きついて、すやすや眠っていた。
「……ん? ネージュさん……おはようございます」
私が動いたことで目が覚めたのか、イリスが身じろぎした。
そして二、三回まばたきをした後、ガバッと私から身を離す。
「すすすすみません、私、意識が無い間にとんでも無い事を……! しかもあなたよりも目覚めるのが遅いなんて!」
「いや、いいのよ。昨日はゆっくり眠れたんじゃない? それなら私としては嬉しいけど、どうだった? 私たちのギルドが作った寝具は。魔術師として率直な意見を言っていいのよ」
イリスは暫く顔を赤くして震えていたが、私から寝具の話を出すと、すっと表情が真剣なものになった。
「……昨夜話を止めてから、私は寝入りました。あのときから七時間経ちましたが……私はその間、ずっと眠っていました。熟睡、というものです。私の家ではなしえないことでした」
「……!」
「体重を受け止めてくれるベッドも、肌が触れるシーツも、どれも私の身体に合いました。昨日は色々あって身体に疲労が溜まっていましたが、全部吸収してくれたのか、今日はとてもスッキリ目覚められました。あなた方の作る寝具は素晴らしいです!」
「イリス……!」
イリスの言葉に、私は胸いっぱいになる。
それと同時に、光目覚ましが点灯した。目覚ましを設定した時間になったのだ。
私たちを祝福するように、部屋――主に寝床――が明るくなっていく。
「わ、自動で光が……。あれ。何だか更に頭がスッキリしたような気がします」
「これは光目覚まし。目覚めるには太陽の光が重要なんだけど、この部屋にはろくに太陽が入らない。だから作ったのよ」
「なるほど。これさえあれば冬の日照が少ないときでも自然と目覚められそうですね。良かったです。これで……朝を迎えられて……私は……」
(あれ?)
活き活きと話をしていたイリスの声が段々と萎んでいく。
光目覚ましで更に覚醒したと言っていたが、反対に元気は無くなっていくようだ。
(そうだ。イリスは家を追い出されて、環境が変わってしまうって話をしてたもんね。より厳しい環境に身を置くことになるかもしれない。少し萎んじゃうのもわかるわ)
そう考えつつ、とりあえず朝食を準備する――とイリスに宣言した。
今日の朝食はパンに卵焼きにベーコン、シンプルな朝食である。私は好きだけどイリスはどうだか――とチラリと様子を見ると、彼女は目を輝かせて味わいながら食しているようだった。美味しいならば良かった。
「イリス。コーヒーも飲む? 夜は止めたけど、日中なら別にいいと思う派よ」
「……お願いします!」
「そっか。じゃあ淹れるわ。私は今日は紅茶にしようかしら……」
私はイリスにコーヒーを淹れる。ミルクも入れてカフェオレにした。
コーヒーを口にしたイリスは、ほっとしたように息をつく。
「……温かい。とてもおいしいです」
「寒い日に温かいものを飲むと落ち着くわよね」
「ええ。今日も外は寒いでしょうね……」
「イリス。今日はどうするつもりなの? 一応、昨日の夜に行く宛は聞いたけど……」
二人が落ち着いたタイミングで、それとなく聞いてみた。
イリスは少し緊張した面持ちで語る。
「私は、昨日言った通り修道院に向かおうと思います。これから連絡を取って、いくつか当てがある場所を回ろうと」
「あなたのお父様が書いてくれた紹介状があるんだっけ」
「はい。紹介状があれば、私の望む場所へ行けます。家の威光は強いものでしたから」
イリスはそう話した。
……望む場所、か。
私には彼女が望んで行くようには見えない。他に選択肢が無いからそうせざるを得ない、といったところだろう。
だから、イリスに提案した。
「イリス、あなたがいいならだけど……この部屋を使ってみる?」
「……えっ?」
戸惑った様子のイリスに、私は続ける。
「確かに修道院に行くと言っていたのは聞いたわ。でも、あなたは修道院は馴染めるかどうか不安なのよね」
「は、はい。ですが、行くとするなら修道院しかないかと……」
イリスは震えながらそう答える。そんな彼女に私は首を振る。
「イリスはずっと寝不足で、体調が悪い状態だったんでしょう? 寝不足はメンタルもやられるわ。その状態で大きい決断をするのはちょっと危険かもしれない。この部屋はどれだけ眠っていても何も言われないから、ここで休んでいっていいわ。貯蔵庫の中の食糧品も使ってくれていいし、本を読んだりして部屋を使ってくれてもいいから」
「……本当なのですか?」
「単身者向けの小さな部屋だし、あまり便利ではないけどね。イリスが望むなら、子供だけでも泊まれる宿を探すわ」
私の提案に、イリスはぶんぶんと首を振る。
「いえ。もし許されるならば、私はここにいたいです。……この部屋で過ごす時間は、私にとって心地良いものでしたから」
「ふふ。そう言ってくれるなら嬉しいわ」
「でも、その、私は……お金が。そこまで世話になるなら、あなたに報いないと。今は路銀はありますが、それを全部使い切ってしまったら……」
「お金のことは気にしなくていいわ。あなたはまだ子供だし」
「でも……」
「あなたはお父さんに向かって私たちの寝具店のことを庇ってくれたでしょう。それだけで充分よ」
私がそう言うと、イリスは下を向いて震えた。
暫く無言だったイリスは、やがてばっと上を向いて私に問いかける。
「そ、それなら……ネージュさんもこの部屋で一緒に住むということですか……!?」
「えっとね……イリス。この部屋は私は臨時で使っているもので、家は別にある。ここにずっと住む訳じゃないの」
「そ、そうですか」
「あとね……今日はちょっと、私……ここにいられないかもしれない」
それは前から決まっていたことだ。シエラに寝具ギルドの途中報告をするため、明日には家に帰る予定だったのである。
でも……。
「今日だけじゃないな、数日は無理かも。用事があるから……ね」
「ネージュさん……?」
「ごめんなさいね。この部屋にあるものは、全部使ってくれていいから。私……そろそろ行くわ」
イリスは私の言葉に対して、戸惑ったような顔をしていた。
――気持ちはわかる。
だが、あまり長居出来ない理由が出来たのだ。
彼女への説明はそこそこに、私は出掛けることにした。




