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41_リンハイルという魔術師

 

 リンハイルとイリスが帰った後、私とマーシーは店の中に取り残された。


 私はため息をついてマーシーに頭を下げる。



「ごめんなさい。リンハイルに対していい感じに話を進めたかったのに、全然うまくいかなかった……」

「そんなことは無いさ。むしろ、ネージュはよくやってくれた。フロントを任されておいて情けない話だが……あの魔術師先生に対してどう出たら店を守れるか悩んでたんだ。来てくれてありがたかったよ」




 マーシーは私が来る前のリンハイルとのやり取りを教えてくれた。

 リンハイルは「寝具によって寝坊したから店も商売もやめろ」と言ってきて、マーシーは何とか言葉を選びつつもお帰りいただこうとしたが、「きみ相手では埒が開かない」と言われ、もっと中枢に近い人間を呼ぶようにと言った。そこに私が来たらしい。




「マーシー……私、あんな理屈で商売をやめろって言われるのは納得がいかないんだけど」

「俺もだ。ふつう、あんなことを言ってくる方がおかしいとされて、他の人間から相手にされなくなる。だが……今回の場合はそうはならないだろうな」

「私たちがまだまだ新しいギルドで、リンハイルが権力を持っているから?」

「平たく言うとそういうことだ。世間からすれば俺たちは如何わしい商売をやっている人間で、魔術師としての実績があるリンハイルが強く反対したら、潰されてもおかしくない」




 私はため息をついた。

 この世界は前の世界よりも身分の力が大きい。平民同士ならばきちんと裁かれるようなことでも、言いがかりを付けてきたのが貴族なら通ってしまう――そういうこともあるようだ。




「ネージュが来る前に話していたことだが、リンハイルはあと二週間程度仕事で王都を離れることになるらしい。だが、それが終わればまた来ると言っていた。それが期限なんだろう」

「二週間後か……」



 あと二週間したら、またリンハイルが来る。

 次に会うときこそ、店の権利を貰いに来る……そういうことなのだろう。



 私は下を向いて頭を抱え、不満をこぼす。



「……納得がいかないわ。リンハイルの家が宵っ張りなのって、絶対にコーヒーが原因よ。コーヒーの飲み過ぎをやめればいいのに、そうしないなんて……。寝具店じゃなくてコーヒーハウスを開きたいって言ってたけど、リンハイルはコーヒー中毒だからああいうことを言ったんじゃ無いかしら」

「いやまあ、奴が寝具店に言ってきたことはともかくとして、リンハイルがコーヒーハウスを作りたがっていること自体は理解出来る。魔術師とコーヒーは切っても切れない関係だからな」

「そうなの……?」

「伝統的な船乗りが酒をたんまり飲むように、優れた魔術師はコーヒーを多く飲む、そういう傾向がある。リンハイルの他にも、大いに役立つ魔法を開発した魔術師は、みんなコーヒーを浴びるように飲んでいたのだと」

「そうなんだ……」




 マーシーの解説に、私は困惑しながらメモを取る。

 私は貴族として活躍してきた訳ではないため、この世界の知識を全て知っている訳ではない。マーシーが教えてくれることは記録するようにしていた。




 この世界でも船乗りが酒を飲む、という話は私も聞いたことがあった。

 理屈はわかる。船の上では安全な水を用意するのが難しいから、水分を取るために酒を飲んでいたのだろう。

 近年では海水を浄化する魔法が出来たらしいから、以前ほどは酒を飲む必要がなくなったとは聞く。でも、長年の文化が根付いたため、酒を嗜む習慣は今も船乗りの間にあるのだろう。



 コーヒーと魔術師の関係は……なんだろう?



(コーヒーを飲むと大人っぽくて知的に見える、みたいな風潮はどこの世界にもあるよね。この世界でもそれが大いに効果を発揮してるってこと……?コーヒーを飲んでる自分は知的だからいい魔法を生み出せる、みたいな……?)



 魔法はイメージが大事だから、そういう思い込みの効果は馬鹿にならないかもしれない。

 流石に、コーヒーをいっぱい飲むだけで有用な魔法が次々生み出せる――とまでいくと、不思議ではあるけど。



 この世界でも魔力についてはよくわかっていないことも多い。

 まだ明らかにはなっていないだけで、コーヒーには魔力増幅の効果があるとか、そういう秘密があるのかもしれない。



(でも、変ね。私は毎日のようにコーヒーを飲んでるけど、それで劇的に魔力が増大したって現象は起きてないんだけど)



 夜はコーヒーを飲まないようにしているから、それが原因だろうか。一日中浴びるように飲まないと魔力増大の効果が出ないとか。

 仮にそうだとしたら、魔法なんて使えなくてもいいな――と思った。

 ぐっすり眠れること以上に優先すべきことなんて無いからね。



 そこまで考えた上で、私はあることを思い出す。



「マーシー。リンハイルが店に来たときも、イリスはいたのよね?」

「ああ、そうだ。あの子はリンハイルと一緒に来て……ネージュの前でやってたみたいに、まずイリスがこの店に対しての文句を言ってきたな。言ってきた、というより、リンハイルに言わされた、という感じだったが」

「そっか……」



 マーシーの説明を聞いて、私は肩を竦めた。



「まあ、予想通りね。あの子は何だか無理矢理連れてこられたって感じがしたから。……なんでリンハイルは娘を連れてきたのでしょうね。結局、リンハイル主導で話を進めることになったし」

「貴族が子供を学ばせる為に自分の仕事場に連れてくるなんて何も珍しいことじゃないさ。まあ、あそこまで怯えているような子をわざわざ連れ出すことも無いとは思ったが……」

「そうね……」



 私もマーシーも、リンハイルの主張には納得していない。彼らの申し出をはね付けられる方法は何か無いか、これから考えていく予定だ。

 でも、イリス……あの子供と対立していくのはしんどいな、となんとなく思った。




(イリスはこの寝具店に対して物言いをするのに酷くストレスを感じてるみたいだった。何だか体調も悪そうだったし、ああいう状態のときって何をやってもうまくいかないと思うわ)



 あの場にいて出来ることも少なかった訳だし、イリスは早めに帰って寝ていた方がマシだっただろうな、と思った。


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