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40_あなたがたが朝起きられないのって私たちのせいなんですか?

「……えっ?」

「ひぃっ!? ごめんなさいごめんなさい!」



 何を言われるかと身構えていた私は、イリスの胡乱な発言に首を傾げた。



 聞き間違いか、あるいは追加の情報が来るのかと思ってイリスをじっと見たけど、彼女は私の視線に怖気づいたのか、謝罪の言葉を吐いて一歩下がってしまう。



(いや、そんな怖がるようなリアクションされても……)



 そんなに威圧してしまっただろうか、と思いつつ、私は話を続ける。




「……えっと。イリス様。その反応からすると、今言ったことは取り下げるということでしょうか?」

「それは……それは……!」

「ふう。イリス、うまく話せないみたいだね。仕方ないな……ネージュさん、僕が引き継いで話すことにします」



 震えるイリスを見やって、リンハイルが前に出た。

 イリスはガクガクと首を縦に振り、居心地悪そうに部屋の隅の方へと下がっていく。



(結局、リンハイル……父親の方が話を主導するのね。いや、最初からそんな雰囲気ではあったけど。イリスはどうしてこの場所に来たんだろう。彼女が話したがってる感じもしないのに)



 私がそう考えているうちに、リンハイルが口を開いた。



「先程イリスが言っていましたよね。あなた方の開発した寝具を使って、眠りすぎてしまったと」

「は、はい」

「実は、イリスだけではないのですよ。僕には息子もいます。レイチェル……イリスの兄はティーンだが、既に魔術師として活動している。イリスよりももっと大規模にね」

「そうなのですか……」

「が、レイチェルもイリスもしくじりました。任されていた仕事の時間に間に合いませんでした。あなた方の寝具を使い始めた日のことです」

「おお……」

「そして、失敗したのは僕も同じだった。僕も仕事場の研究室に行く予定になっていたのが、朝起きたら絶対に間に合わない時間だった。つつがなく朝起きられていた日までと、問題が起きた日と、何が違ったか。変わったと明確に言えるのはあなた方の寝具を使い始めたということだけだ。このままでは数多くの人間が失敗を起こします。あなた方は厳しく糾弾されることでしょう」

「……」

「無用な争いが起こるのは悲しいことだ。せめて穏便に済ませたいと思って、僕たちが来たんです。マーシー殿ははぐらかすばかりだったけど……開発者のあなたなら真摯に受け取ってくれますよね?」



(さっきから私は何を聞かされているのかしら)




 リンハイルの言葉を聞いて、私はそう思った。

 マーシーの方をちらっと見てみると、彼はこちらを憐れむような微妙な表情をしている。


 私がこの店に来る前の時間、マーシーが一人でいるとき、リンハイルに今と同じようなことを言われたのだろう。そのときにある程度反論はしたのだろうけど、きっとリンハイルは聞き入れてくれなかったのだ。





 話を総合すると、こうだ。

 つまり――ハートウィック家は寝坊したらしい。

 それは。睡眠ギルドが開発した睡眠グッズのせいらしい。

 これ以上寝坊する人間を増やさないために、商品展開を中止せよと伝えに来たらしい。




(え、意味がわかんないんだけど。今回クレームをつけに来たのがインテリ魔術師だからなの? 私の理解力が足りないの?)




 そんな明後日の方向のことを考えてしまった。



 無論、私だって考えたことはある。「布団の中が温か過ぎて寝過ぎて寝坊してしまった、布団が悪い」みたいなこと。


 でも、それは言い訳でしか無いし、社会的に主張しても却下されるものだとは理解していた。



 私は寝ることが何より好きだけど、「いくら寝てもみんな許容してくれる」みたいに世界を変えるのは難しいことは理解している。



 睡眠グッズの開発まで漕ぎ着けられたのは、みんなが時間だとか納期を守って働いてくれたからだ。睡眠グッズ以外の、食糧品とかの必需品だって、私たち以外の人間がしっかり働いてくれたからこそ手に入れられた。

 そこの枷を壊すと、逆に社会が荒れて睡眠どころではなくなってしまうと思う。




(今の言葉で、はいそうですか、と引き下がる訳にはいかない。私だって、朝に起きないといけない辛さはわかるわよ。でも、それは各々の生活で対処するべきことで、寝具店にクレームをつけるようなことじゃないわ。ここはきっちり言い返さないと)



 私は深呼吸をしてリンハイルに向き直る。



「……ハートウィック様」

「うん。僕たちの考え、わかっていただけたかな?」

「起きた問題についてはわかりました。ですが、それで商品展開をやめようとは考えていません」

「ほう。僕たちみたいな人間がどうなろうと気にしない、ということか。まるで闇商人だな」

「……あなたたちは、寝具によって睡眠時間が伸びたのでしょう。それは寝具が適切に役立ってくれたのだと考えています。朝起きられなかったのは、純粋に寝る時間が遅かったからではないでしょうか。当日のスケジュールはどのようなものだったのですか?」

「ふむ。我々は大体夜の三時には就寝します。そして、朝の七時には起きる必要がありました」

(短いわ……!)



 リンハイルの挙げたスケジュールに、私は唖然とした。



 彼らがやるべき仕事のために、朝の七時に起きる必要があったらしい。

 それはいい。朝七時に起きないといけないというのは憂鬱ではあるけれど、仕事をする上ではまあ平均的な時間だと思う。



(問題は寝る時間よ。夜の三時に眠っている方を是正すべきだわ)



 この世界は睡眠が重視されず、働けば働くほど美徳されるような文化を持っている。

 それでも日付が変わる頃には就寝する人間が殆どだ。

 リンハイルの家で起きた問題は、家庭環境に根ざすものが大きい気がする。




 私は彼に反論することにした。



「ハートウィック様。私どもは、夜は七時間は寝た方がいいと考えています! なので、もっと睡眠時間を確保していただきたいです。そうすれば寝具は適切な効果を発揮するかと」

「はあ。君は日付が変わる頃には寝ろと言いたいのか?」

「そうです」

「そうか。……怠惰だなあ」

「……!」



 リンハイルが目を細めて、温度の無い声になった。

 が、少し思うところがあったのか、彼は咳払いをして話を続ける。



「――いや、失礼。他人がどういう一日を過ごしていようと、僕は大抵気にしないよ。でも、僕の家族は別だ。僕に期待されている役割があるように、僕の家族も期待は負っている。それに応えるために、僕たちは学び続けなければいけない。他の人間のように、早々に眠る訳にはいかないんだ」

「ですが……眠気のある状態で学び続けても、成果は上がらないのではないでしょうか。それならば、早めに寝て、朝に活動をする。その方が学習の成果は出るだろうと……」

「眠気? こないよ」

「えっ?」

「僕たちは夜中三時くらいにならないと眠気がやってこない。早めにベッドに入ったとしても眠れない。僕たちはそういう体質なんだ。だから起きて活動をしている。理に適っているだろう?」



 リンハイルがにこりと笑いながら説明をした。

 私は今まで聞いたことを咀嚼した上で、そして結論を出す。



「それは体質だとは限らないと思います。きっとコーヒーが原因です」

「コーヒー?」

「貴方もその家族も、コーヒーを好むと言っておりましたよね。コーヒーの飲み過ぎで眠れなくなっているのだと思います」



 だから、コーヒーの飲み過ぎをやめて、睡眠時間を確保するようにすればいい……。

 ……何だか、親が子に諭すような初歩的な内容だ。

 これを自分よりも権力のあるリンハイルに話すのは何だか脱力する。でも言わない訳にはいかなかった。



「もういい」



 が――私がその言葉を口にする前に、リンハイルはスッと荷物を纏め始めた。



「ハートウィック様?」

「コーヒーを飲まずに睡眠を優先すればいいと、君はそう言いたいんだろう。でもそれは無しだ。コーヒーは魔術師の必需品だよ。睡眠を沢山取れたとしても、起きているときに満足に活躍出来ないんだったら、何の意味もない」

「……!」

「僕が求めているのは、今の習慣を壊すことなく生活の質を上げてくれるものだ。君らの商品はそれに達していないよ。そういうものがあるならサポートしてやってもいいと思っていたが……残念だ」



 帰る準備をしているリンハイルに向かって、下がっていたマーシーが一歩出て質問した。



「旦那。この店はどうするおつもりですか?」

「先程も言ったけど、ここは僕が引き取るつもりだ。やりたい事業があるからね」

「しかし……先に店を押さえたのは我々です。そして、店を引き渡す合意形成は今のところ取れていません」

「君が知らないなら教えてあげる。多少人気がある店程度なら、合意とやらが無くても店を明け渡させることは出来るんだよね。これまでの仕事で、それだけのことが出来る力を得たから。……行くよ、イリス」

「は、はい……!」




 足早なリンハイルの後をイリスが慌てて追っていく。

 そして二号店予定地の店の中に静寂が戻ってきた。


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