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42_軋轢①

 

 リンハイルが店に来た頃は昼間だったが、今はもう空が薄暗い。

 冬の季節なので、陽が沈むのが早いのだ。



 私は今、一人で王都の街を歩いていた。




 リンハイルが次に来るのは二週間ほど後らしい。

 それまでに、リンハイルが店につけてきた難癖にどう対応するか。



 私はその案について考え、メモに取り、その場でマーシーに話した。




 彼は私の提案を読み込み、ギルド内で話し合うことを了承してくれたが、「期日までに成果を出すとは確約出来ない」と浮かない顔で言っていた。



(まあ、そう言いたくなる気持ちもわかるわ。私だって自分の案をどうやって実現すればいいのか漠然としてるもの。次にリンハイルが店に来るまでに何とか出来るのかしら?)



 ギルベルトのときみたいに、何とかなる可能性もある。

 が、ならなかったら――寝具ビジネスがここで終わるかもしれない。



(やだな……)



 軌道に乗り始めたところでおしまいになるのは残念だが、それ以上に私には憂鬱なことがあった。




「ちなみにだけど、ここでビジネスが終わったら、今まで開発した商品はどうなるの?」

「既に売れたもの……つまり、客のもとに行ったものはそのままだ。だが、そうでないものは回収だな」

「それって……私がサンプルとして作って、今は家の中にある寝具たちも?」

「回収だ」

「そ、そんな……」

「このビジネスを始めるときに契約したことだが、売ることなく終わったものは開発用魔道具の効果が切れて、すべて消える。うちの睡眠ギルドは商品生産のスピードを高めるために魔道具を使っているんだ。だからこのまま商売が終わったら消えることになる」




 つまり、光目覚ましとかマットレスとか、まだ商品として売っていないものは消える可能性があるということだ。

 一号店で既に売っているものは利益回収出来たこともあって残る、とマーシーは教えてくれた。




 開発した寝具がある程度残るだけでも温情かもしれない。

 でも……それだけで満足出来るかというと、そうではない。

 商品を開発するごとに私の暮らしのQOLが上がっていくのを実感している。それが無に帰すとなると、何とかしたいという気持ちは強かった。



 マーシーは、「とりあえずギルドの方で相談してくれたものを作れるか確認してみる、何かわかったら連絡する」と言っていた。

 そして、私たちは別れた。




 私は今日は王都のロフト部屋に泊まるつもりだ。王都の本屋で魔術の本を買い足し、ゆっくり考えたかったからである。

 ローハイム家に戻るとゆっくり休めるだけは休めるが、それだけ移動時間がかかるからだ。




 今、魔術の本の荷物を持って帰宅しているところだ。

 私が一人考えたところで画期的なアイデアが思いつくとも思えないけど、期日までに少しでも出来ることがあればやっておきたい。




「……ん?」



 そんなことを考えながら歩いていると、私はあることに気付く。

 人気の無い路地裏から、話し声が聞こえる。男性と女性……というか、女の子の声だ。

 私はその声を聞いたことがあった。




(この声……リンハイルとイリスじゃない? どうして二人がここに?)




 私は姿を物陰に隠しつつ、二人の会話に耳をすませることにした。




 聞き耳を立てるのは褒められた行為じゃないってことはわかっている。

 でも、二人の会話の中に寝具店を継続させるヒントがあるかもしれない。

 突然商売に対して難癖を付けられた側としては、マナーがよくなかろうとやれることはやっておきたかった。




 リンハイルとイリスは然程大きくない声で話しているようだ。会話の主導権を握っているらしいのはリンハイルで、イリスの方は父親になんとか受け答えをしている、といった雰囲気だ。

 それは昼間に店に来たときと変わりない。

 が――今話している内容は、昼間のそれよりも更に不穏なものだった。




「イリス。約束は約束だからね。ここでさよならだ」

「…………」

「僕の庇護がなくても君はもうどうとでも生きていけるはず。前に行く宛も話しておいたから、ある程度は頭に入っているだろう。もう十一歳だろう。十一歳なのに、あの程度の働きしか出来なかったと思うと嘆かわしいけどね」

「ケホッ……わ、私は、家には戻れないんですか。本当に?」

「そういう約束は前もってしていたよね。以前から僕の子供としては不甲斐ない成果しかあげられないのを、寝具の件で取り戻す……そういう話だったはずだ。でもイリスは何もしなかった。僕の影に隠れているばかりだったよね。だから、ああもう駄目だな、と思ったんだ。むしろ、君は僕から離れたくてそうしたんじゃないか?」

「そんなことは! ……そんなことはありません。で、でも……」

「なに?」



 リンハイルに聞き返されたイリスが、たどたどしく答えを返す。



「実際に店に来て、やっぱり、寝具店の方の商売を邪魔するのは良くないんじゃないかって思っちゃったんです……。」

「…………」

「私は確かに朝起きられませんでした。でも、それがあのギルドのせいだとは思えないんです。起きられない私が悪いんじゃないかって……」

「ふーん、イリスはそう思ってるんだ。でも……僕は、未だに寝具店が悪いと思っているけどね」

「そんな……」

「僕はこれまでイリスの尻拭いを何度もしてきた。その見返りとして、僕の言うことを守ってくれることくらいは出来ると思っていたよ。それも出来ないなら、ここでお別れだ」

「……お父様……」

「もうそう呼ばなくていいよ。今後会うことも無いだろうし。僕の血が流れているから最低限魔法で食うには困らないだろうし、感謝してね。じゃ」





 どこか朗らかな声で別れの挨拶をし、リンハイルが路地裏を去って行く。



 そして、後にはイリスが一人取り残された。


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