第三十九話『第三章 虹村 架流』
夏休みが終わる二日前、雨音は死んだ。
最後を看取ることもなく、俺はその知らせを雨音のご両親から伝えられた。
その後の葬儀に俺も参列した。
ゆっくり眠っているような顔。
冷たくなった肌は、触ってもいまだに信じられないほどに穏やかな表情で目を閉じていた。
何度見つめても、起きるんだろ?
目を覚ますんだよな。
そう思えるほどに、ただ眠っているように見えたんだ。
たった数ヶ月。学校で過ごした数時間。一日のうちのたった数分。
たった、それだけしか関わりがないのに。
俺は、悲しくて、涙が枯れるんじゃないかってくらいに泣いた。
たった少し。あと少しだけ。
ほんの少しだけでもいいから、まだキミと
キミに生きていてほしかった。
そう願っても、想っても…
もうそこにはいなくて。
あの日々の記憶だけがずっと…
頭の裏で流れてるんだ。
いろんなキミの顔や仕草、声、ぬくもり。
思い出すたびに、胸が、心がギュッと苦しめられるように痛いんだ。
上を向いて空を見上げても
すぐに下を見てしまう。
キミがいた場所を見つめると
勝手に目の前がボヤけてくる。
なんで。あと少しだけ。一日、いや一年。
もっと、もっと、この先もずっと……
キミのそばにいられたのなら
俺は、どれほど幸せだっただろうか。
それでも、キミは俺の幸せを願っていたかもしれないけど、まだ…。
話したかったこと。これから話していきたかったこと。そして……話せなかったことだっていっぱいあるんだ。
人が死ぬ瞬間は、誰にも分からない。
でも、もしかしたら……
本人だけは、分かってしまうのかもしれない。
なんとなくだけど、そんな気がするんだ。
あの日、最後に笑ったキミの笑顔を思い出すと……あの時からもう時間がなかったんじゃないかって、あの時に、いや…。
あの時までに、もっと。
何かしてあげられれば良かったと。
いつも、いつも……終わってから気がつく自分が、どうしても許せなくて、悔しくて、最後まで……
オマエに見届けてほしかった。なって、思うよ。
まだいかないでくれ。
また目を開けるんだろ?
ただ寝てるだけなんだろ?
ただただ、心の中で何度呟いても──
俺は他人で
俺より悲しむべき人がいたから。
言葉には出せなかったんだ。
胸が痛くて、張り裂けそうで
涙が溢れて仕方なかったけど。
俺じゃないんだ。って、唇を噛み締め続けた。
いなくなってからじゃ遅いんだ。
誰かが自分を見てくれてる。
誰かのために生きてくれる。
そんな人と過ごす大切な時間は
生きているうちにしか伝えられないんだから。
だから、遅くなったけど。
「ありがとう。」
俺を救ってくれたオマエに、俺は…救えなかったけど……。お礼を言い忘れてたからな。
それでも、忘れることはないから…
俺はまだいけないけど。そっちにいったときは、また雨の下で会おう。
「覚えてたんだ」
ふと、アイツの言葉が聞こえた気がした。
忘れもしない。
俺を救ってくれた日。
そして、夏休みに過ごした日々を。
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病室の側で声が聞こえた。
でも、アイツの声じゃなかった。
「え…?」
「もう、余命一ヶ月は切っていると思います。」
「そうですか。 はい。 はい。」
「……はい。わかりました。」
ドア前で話しているご両親と病院の医師が話している会話を通路の脇でこっそり聞いた。
その時にはもう、無理なんだって。
諦めることしかできなかった。
だから、それまでの日々を…
せめて、アイツが喜ぶ日にしてやりたいと思ったんだ。
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「毎日毎日、アンタの顔見てたら飽きるってば〜あっはは」
「はぁ? せっかく来てやってんのに、今度から果物持ってこないからな。」
「それだけは持ってきて! アンタはすぐに帰ってもいいから!」
嘘だと分かってた。毎回そう言って元気なフリを装ってたよな。
その度に俺も口裏を合わせたけど、ほんとはアイツの望むものをなんでも持っていくつもりだったんだ。
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「わぁ〜! りんご飴〜!」
「…そっかぁ。 お祭り…だったんだ。」
「……来年は、花火を見に行こうぜ。」
「……。 うん。」
「うん。 ぜったい行く。」
その時は、おぶって連れていくから。
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「……今日は少し寒いわ。 窓を閉めてくれるかしら。」
雨音。窓はもう、開いてないんだよ。
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「……アンタの手…冷たいわ。」
「…外はもっと冷たいのかしらね。」
冷たいのは、オマエの手だよ。
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「……雨音。梨剥いたけど、食べれるか?」
「……いい。」
「…そっか。」
果物持っていっても、食べてくれなくなった。
それでも、俺は元気になって欲しくて、毎日持っていった。
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雨音がほとんど喋らなくなったのは、夏休みも終わりになる一週間前のことだった。
ベットに仰向けに眠る雨音の目も、しばらく開いた姿を見ていない。
頬は痩せこけ、目元は少しだけ目立った隈と肌より赤く染まった頬が目立った。
「雨音、今日は雨だけど天気が良くなるみたいだぞ」
「そうだ! 今度は海にも連れてってやるよ」
「……。」
「あの辺りの海は綺麗なんだと! この前見せた写真のとこだからさ、元気になったら行こうぜ」
「それから──」
雨音の目元から涙が溢れた。
唇は小刻みに震え、俺はその後何も言えなかった。
でも、雨は止み
日差しが見え始めた時──
「虹だ……」
空を跨ぐ、鮮やかで綺麗な虹がかかっていた。
「……きれ…い…。」
咄嗟に声が聞こえた方に目線を落とすと、かすかに開いた右目で外を見つめる雨音の姿があった。
涙は溢れ、キラキラと輝くように涙が伝う姿に、俺は一緒に虹を見上げていた。
「……そうだな。」
─────────
その数日後、雨音がいる病室には誰もいなかった。




