第三十八話『雨音』
その日の夕方、俺は雨音が入院している病院へと走った。
病室に着くと、少しだけ息を整えてから俺は扉を横にスライドさせて室内へと目をやった。
「………。」
小さな個室の窓は少しだけ空いていて、曇り空に移り変わり始める空の下から流れ込む風は、少しだけ。
ほんの少しだけいつもよりも冷たく感じた。
「……なんで…、きたの。」
病室の外を見つめる雨音の顔は見えなかった。
でも、声は弱々しくて、擦り切れるように掠れていた。
「……言いたいことがあってきた。」
「……。そう。」
静かに答えた雨音の声に、俺はその時アイツが何を考えていたのか分からなかったけど。
きっと、寂しくて、辛くて……
ほんとは───なくて…。
怖くて。怖くて。仕方がなかったんだよな。
だから、一人にさせたくないって、思ったんだ。
「覚えてるか?」
「俺とオマエが出会った日のこと。」
「あの日も…」
「……雨だったわね。」
「誰かさんは…雨のせいにしてたけどね…ハハ…。」
「覚えてたのかよ…。」
俺は、耳が赤くなるほどに恥ずかしくなって、目の横を人差し指でかきながら横目にそらした。
「……ケホッゴホッ!」
「あまねッ…!」
ベットのそばに寄ろうとした俺に、雨音は顔を見せないように声を振り絞って話しかけた。
「大丈夫…! ……最近は、いつも…こうだから。」
「あまね……。」
「……学校はどう? ちゃんと、誰かに言えた?」
「……それは…」
──ガラガラ
「すみません。そろそろ…」
「えっ、あ……はい。 すみません。」
言葉が詰まる中、雨音の様子に気づき駆けつけたナースの人に退出を頼まれた俺は、続きを言えずにその場を後にした。
帰り際、扉を閉めた後──
雨音が咳き込んだ声が
震えているように聞こえた。
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病院に通い出して、毎日放課後は雨音の部屋を訪れた。毎日たわいもない会話をして、少ない会話だったけど、その空間が心地よかった。
しばらくして、学校は夏休みに入った。それでも俺は毎日雨音の元へ通い続けた。
その頃までには、学校生活は依然として大きく変わりはしなかったけど、少しだけ。ほんの少しだけクラスの雰囲気が変わった気がする。
俺が無反応だからつまらないのか、新しい標的が見つかったのか。理由は分からなかったけど、アイツらのいじめが減った。
これは、後から分かったことだけど、雨音から話を聞いたご両親が学校側に話したらしい。
それでも、いじめとは厄介な問題らしい。
子供の俺は大人の事情なんて分からないけど、日常の中で世の中は気にしないし、知りもしない。
テレビやネットのニュースになった時に公の大衆がその事実を知り、そして、声を挙げ始める。
でも、それに意味があるのかどうかは分からない。
社会的な揉め事になれば、確かに学校側はイメージ払拭のために行動を起こすだろう。
でも、それは根本的な理由にはならないよな。
学校側は保身のために
加害者側は家族からの保身のために
渋々謝罪をするだけだ。
当の本人に反省の色なんて
これっぽっちもないんだよ。
周りの奴らは止めなかった罪悪感はあれど
事態が収まって良かった程度。
それまでとこれからの生活は変わっても
ソイツらのこれからは変わらない。
ソイツら自身が変わるわけじゃないから。
だから、根本を正さないと意味がない。
でも、その正す手段がネットによる特定や罵詈雑言だと、それは、ソイツらがやっていることと……
画面の外側にいるヤツらはなんら変わらないんだよ。
そして、それは経験をした者にしか分からない。
する側はいつまで経っても分からない。
分かろうとしているのか
分かろうとすらしないのか
分かっていてもしてしまうのか
された側に立った時
初めてその気持ちが分かる。
人は、愚かで、弱い生き物だ。
自分を守るために人を傷つける。
でも──
自分や誰かを守るために
誰かに寄り添うことだって出来る。
俺は、それをアイツに教えてもらった。
だから、俺は────
「ずっとそばにいるよ。」
窓は開いていない静かな部屋。
外に見える天気は、綺麗な青空から暗く移り変わろうとしていた。
俺の心を照らしてくれた
太陽みたいな笑顔も、人をバカにするように笑い合った甲高い声も……
「……うっ…ふぐっ…。」
雨音の中では、何ひとつ聞こえなかった。




