墓地でハーピーに出会う
タルティウは、背に重い剣を背負い街を囲む胸までの高さのある石積みの柵の外側を歩いていた。牧草地や畑がそこに広がり、人々は昼の休憩をあちこちで取っていた。彼女も、そんな光景を見て、そろそろ昼にしようかなと、木陰を目指していたのだった。
背には重い剣がぴったりと背についているせいで、汗がそこを中心にして広がって居る。そのためぐっしょりと汗で濡れた上着が肌にまとわりつくのが不快だったのだ。
目標としていた木は、傘の様に大きく枝を張っている巨木であった。
しかし、その木が近づいてくると、彼女は舌打ちをした。人影が全くなく、静かに食事が取れそうであったが、その周囲にあるものと言えば、大小様々な墓石だったのだ。
しかし、流石に引き返して食事に良さそうな日陰も探すのも面倒であったので、彼女は諦めながら、墓地の中の小径を進んだ。
歩き続けていると、背中に斜に背負っている大剣の鞘の先がコツンと何かに当たった。おやと思って立ち止まると。一人の男がうずくまっていた。どうやら、その男の頭に当たってしまったらしい。
全く気づかなかったーと思って、「すまん」と詫びると、男はしゃがみ込んだまま、「いえ、大丈夫です」と声だけ返事を返した。
彼女はその声に聞き覚えがあった。「フェルか?」
そこで男は、しゃがんだまま顔を、彼女に向けると、涙で汚れた顔を袖口でこすった。
「タルティウさんでしたか・・・」
「お前ら、記録師は本当に存在感に欠けるな。全くそこに居ることに気が付かなかった。」
「ええ」フェルは立ち上がった。「私達はそういうものですから」そして彼女に背を向けて、去ろうとした。
「フェル、出発は明後日になる。」彼女は、フェルの背に声を掛けた。
「わかりました」フェルは、歩きはじめた歩調を変えることなく、返事をして去って行った。
ー陰気な奴めータルティウは、フェルの態度に気持ちがいらだつのを感じた。そこで、フェルがしゃがみ込んでいた、墓石に目を置いた。
『記録師の墓』と墓石に彫られている。
仲間でも死んだのか?タルティウは、去ってゆくフェルの背を見ながらも、何故かそこに人が居るような感覚が薄れてゆくような感覚に襲われた。彼ら記録師の存在感はとても薄い、生きて居るときでさえそんな有様だ、死んでしまえば荼毘に附され、十把一絡げで葬られてしまう。
彼らの生きた証は、彼ら自身が残した記録にしかないという。それも、記録の判定が終われば、保存期間を過ぎたものから処分される。
私はどうだろう?フェルの小さくなってゆく背は、まるで風景の中に溶け込んで見えなくなったのも同然だ。私は、数々の狩りの成果がその地方で語り継いでくれるかもしれない、場所によっては、私の為に碑を築いてくれたかもしれない。吟遊詩人が謳ってくれるかもしれない。だが、生きて居る私には無用なものだ。タルティウは、ふとそんな事を考えて、やがて目を目的の大木に移した。
新しい墓、古い墓、忘れ去られた墓、大きな墓、小さい墓、それらに目もくれずにまっすぐに進む。大木の下には、町の人がここでくつろぐ事があるのだろう、ふるぼけたベンチが二つ、据えてあった。彼女は、大木の陰に入るとその涼しさに安堵の息を吐いた。
ベンチの横に立ち、辺りを見回すと、そこからは墓地全体が見渡せた。こんな良い場所なのに、何故ここでくつろがないのかな?彼女は、椅子に座り腰につけた袋を取り外すと。そこから一つの硬く板状のものを取り出した。宿屋で作ってくれた腐りにくい食べ物だった。
タブラと言ってたかなと彼女は、大きな顔の宿の主人の顔を思い出した。旅の道中の行動食にも良いという。しかし、その分水気がないので、やはり腰につけた竹製の水筒から、水を飲みながら食べる事になる。
その食べ物を口に入れようとすると、木の上から声が聞こえた。
「お前の飯をくれよ」
「腹減ったんだよ」
「くれないと、酷い目にあわせるぞ」
上を見上げると、タブラを持っていた側とは反対の肩にいきなり何かが落ちてきた。それは茶色いどろりとしたもので嫌な匂いを発していた。
そして木の上からは、不快としか言い様のない、笑い声が響いた。
肩の上に落ちたものは胸や背に垂れ落ちて行った。彼女は、「くそったれ」と小声で毒気づくと、タブラを袋に戻してから、地面に落ちている木の葉を拾い、それでその粘液状のものを拭った。
「くそまみれ」
「きたねぇ女だ」
「くっせぇ」
あざ笑う声が木の上から響いた。彼女は、ベンチから立ち上がると背にした剣を抜き放った。「出てこい化け物ども」
「お、狩人だ」
「やべ」
「くそくらえ」
彼女の頭の上から一斉に、汚物が降り注いだ。彼女は、頭の上からそれらを被り、怒りの表情を顔に滲ませた。
「降りて来い」タルティウは、頭上に向って大声を響かせた
「やーだね」
「おまえこそこっちにこいよ」
「あっかんべー」
「じゃあ、お前らの巣を切り倒すがいいか?」彼女は、幹の脇に立ち、大剣を構えた、
「ほう、おまえのなまくらで、この木が倒れるかい」
「やるならやってみな」
「また糞をかけてやろうか」
タルティウは、剣に気を込めた。大剣はそれに答えるように、全身から鈍い金色の光を発し始めた。そしてその光が、剣の刃先に向って収束していったとき、それを幹に向って振り下ろした。
大きな振動とともに、剣によって木の幹を大きくえぐられ、木くずが周りに飛び散った。そして沢山の落ち葉と小鳥たちと共に3匹のハーピーが木から飛び出した。
「やめろ!!」
「やめろ!!」
「やめろ!!」
ハーピーは、甲高い声を上げながら木の上を飛んだ。
「降りて来い、降りておなければ、もう一度・・・」タルティウは、再び剣を構えた
「あーなんてことだ!!やめろ、くそ女」
「やめてやめて」
「最期の住処が・・・」
ハーピー達は、彼女の前の地面に舞い降りた。女性の顔を持った人と等身大の鳥達だ。
一匹が、えぐられた木の幹に近づいて、その傷跡をじっと見つめた。」
「木は未だ生きている」それから、彼女を見た。「殺すか、私達も・・・」
「魔獣は殺す。」タルティウは、目の前にいるハーピーを、そして残りの2匹も見た。
「私達は、相容れないのだな」ハーピーは、風の様に飛び立った。そして残りの二匹も
同様に空に舞い上がった。
彼女は、素早く空を移動するハーピー達から目を放さずに剣を構えた。すると、突然空から羽が鏃のように飛んできた。彼女が、大剣を下から上に向って振りあげると大きな風が舞い上がり、それらは、皆明後日の方向へとはじかれてしまった。
しかし、それを見透かしたのように、他の一匹が上空から急降下をしたあとで、地面すれすれに飛んで彼女に向ってきていた。そしてもう一匹は、鋭い蹴爪を立てて幹を駆け下り彼女の死角に入っていた。
大剣は、上に向って振り上げられ、未だその反動が残っていた。そこに向って、地面すれすれに飛んでいたハーピーが、彼女に向って大きな蹴爪で襲い掛った、それはしめたと思った、大きい剣についた反動で自分に向って振り下ろすことは出来ないと思っていた。
木の幹に隠れたハーピーも、彼女に襲い掛った。しかし、タルティウは、筋肉を盛り上がらせ、剣を無理矢理止めて振り下ろした。
バキッと嫌な音がして、剣は襲い掛かったハーピーの足を折った。そしてもう一匹木の陰から襲い掛ったハーピーの羽を折った。
「ひでぇなまくらだ」タルティウは、地面に転がり傷みにもだえる二匹のハーピーに近づいた。「切れないのか?首の骨を砕いて殺すしかないな」
それをみていた上空のハーピーが舞い降りて二匹の前に立ち、彼女の前で翼を大きく広げた。
「お願いです、かんにんしてください。私の首を差し上げますから、この二匹はどうかお許しを・・・」
「無理だよ。私は狩人だ。お前らを狩るのが仕事だ」
「アエロー姉さん、いいよ。あんただけでも、新しい森を探してにげて」足を折られたハーピーが言った。
「そうだよ、そもそも人の近くになんか住むのが間違いだったんだ」
「森だって?どこに行ったって直ぐに人が壊してしまう。住処なんか私らに無いんだよ」アエローと呼ばれたハーピーが後ろを振り向いて言った、「さぁ、どうせ生きる場所のない私らだ、いっそまとめて殺しておくれ」
「分った、そうしよう」とタルティウは、剣を振り上げ気を込めた、その時、大声で手を振りながら駆けてくるものがいた。
気が散る。と思っていると、声は何度も「殺してはいけません」と叫んでいた。
そこで、彼女は剣を構えたまま、気を剣に注入するのを中止した。
やってきたのは、着ている服もみすぼらしい老人だった。彼女とハーピーの間に入り、息をきらしながら、頭を下げた。
「狩人さま、こいつらが何か粗相をしたかもしれませんが、どうぞお許しを・・・」
「お前は?」
「私は、ここの墓守です」
「魔獣だぞ・・・活かしておくわけにいかない」
「たしかに、この3匹はそうですが、あるいは、最期の3匹かもしれないのです」
「最期だろうか、知ったことか」
「しかし、どうかお話だけは、聞いてください。」
「どんな話でも関係ないと思うが」
「もともと、この辺りは、森でした。ハーピーも多く住んでいたと聞いております。此処を開拓するまでのあいだ、森の木を切り倒し、家を建て、燃料とし、色々な動物を殺して食べてしのいでいました。ハーピー達は、そんな私達を口汚く罵り、私達の食べ物をかっさらってだいぶ困らせられたそうです。しかし、その羽が高く売れることから、先祖はむしろハーピーをこぞって殺す様になりました。
気がついてみれば、ここに元からあった木は、この老木だけになりました。ハーピー達もここに住む3匹だけ。考えてみれば、それほど悪い奴らじゃあなかったのです。
今は、町の人で日々残飯を集めては、こいつらに施しをして、活かしておるのですよ。それに、思い切り人の悪口を言いたいときに、こいつらとしゃべると、何故か気持ちがすっとしましてね。なので、そうかこいつらを殺さないでくださいませ」
「よもや人が、魔獣の命乞いをするとはな」彼女は、剣を収めた。「勝手にしろ」
「ありがとうございます」と墓守は、深く頭を下げると、ハーピーに駆け寄り、手当を始めた。
そんな姿を見てタルティウは、弱い者虐めをしたような、気まずい思いを唾とともに飲み込み。別な食事場所を探そうと彼らに背を向けた。すると、目の前にいつの間にか、フェルが立っていた。
「いつの間に」彼女は、思わず。一歩引いた。本当にこいつは、気配の一つさえ感じない。
「ずっといました」フェルは、そう言って、さっさと彼女から去ってしまった。
ーこれは、記録されたのだろうか?ー彼女は、それだけがふと不安になった。




