ガウェイン、狩人の一行に出会う
放たれた矢は、一瞬太陽の熱い日射しに煌めいたかと思うと、約100メトラム先にある、的の中心を射貫いた。既にそこには5本の矢が刺さっている。射手の肩に留まっている小鳥が嬉しそうな声をあげた。
「あち」ガウェインは、額の汗を手の甲で拭った。うっかり明後日の方向に矢が飛んでいった時のことも事を考えて、人気の少ない牧場の端まで歩いてきたせいで、余計に体が火照っている。
彼女は、腰に付けた竹筒から水を飲み、ふうと息を吐くと背負ってある矢筒から、一本の矢を抜き取り弓につがえた。しかし、弓を引いた後で目はじっと遠くを探るように追っていた。矢も自然と的とは明後日の方向を向き出した。
-あれは?-とよく目を凝らせば、4人の狩人達が牧場と牧場の間にある道をこちらに向ってきていた。-しかしまぁ、かなりボロボロだなぁ、よほど手強い相手だったのか?-彼女は、引いた弓を静かに戻してから、「レベニオ、矢よ戻れ」と言うと、的に刺さった6本の矢が、的から抜けて、彼女に向って飛んできた。
そして、いずれの矢も背中の矢筒に収まってしまった。彼女は手にしている矢も矢筒の仲に戻し。遠くを歩く一行をじっと目で追い続けた。
「フロイント、あいつらの様子を探ってきて」と小鳥に囁くと、小鳥は甲高い鳴き声を上げて肩から上空へと飛んで行った。
ガウェインの思考の中に鳥が見ている風景が、鳥瞰図として片隅に見えてきた。長距離を狙う優秀な射手であっても、目標との間にある風が読み切れない事がある。鳥は彼女の補佐のために観測手としての役割を負っていた。標的までの風を読んだり、矢が標的から外れた時の微調整を通知したり、陰に隠れた目標を探したりするのだ。
それが今、狩人達一行の上空を飛び回っていた。持っている武器から察するに、階級がかなり低い者達だった。どんじりには、傷ひとつない、やせっぽちの女性が距離をおいて一行の後をついていた。影が薄い、そこに女性がいるのは分るが、意識がそこに向かないのだ。
-記録師か-ガウェインは、そう判断した。記録師に狩りの様子を聞ければ、良いのだが、彼らはとても口が堅い、狩りに関する記録は微に入り細に入り記録庁に報告され、その成果により狩人達への報酬も決まるが、その記録を参照するには、記録庁の出張所に赴く必要がある。狩人達にしてみれば、必要な情報が中央によって、出し惜しみされているようなものだ。
やがて、小鳥はガウェインの肩に戻ってきた、彼女は牧場の中をのんびり歩きながら、道で彼らに鉢合わせするように進んだ。しかし、一行はよほど疲労困憊しているのか、歩みを止め、道の途中で座り込んでしまった。
そこで、彼女は仕方なく彼らが休んでいる場所に向って方向を変えた。
「あら、かなりやられたみたいね」ガウェインは、休んでいる彼らに向って笑みを浮かべ挨拶をした。
「ええ」と一人の若い男が答えた。服にはあちこちから血が滲んでいる。「ゴブリンの小さい群れを狙ったのですけど、思った以上に数が多くて、この有様です」
「始末はできたの?」
「いえ、囲まれてしまって逃げるので精一杯でした。」
「あら、大変だったわね。情報が古かったのかしら」ガウェインは、記録師の女性を目で探した。やはり彼らから離れてぽつんと坐っている。しかし、目だけはこちらを見ていた。-こんな時ですら観察をしてやがる-ガウェインは情報をなかなか寄越さない記録師に、嫌みな視線でも浴びせてやろうと思っていたのに、あまりにも冷たい記録師の視線に、気を削がれてしまった。
「ねぇ、ゴブリンの巣はどこにあったの?」ガウェインは、訊いた。
「アルゲンタム ドラコの谷です。やつら新開拓地をしょっちゅう襲ってくるらしいんで、依頼があったのですけど。あいつらいつの間にか増えたみたいで」
「ゴブリンは、ネズミみたいに増えるからねぇ、困ったものだわ」ガウェインは、なんども頷いた。「町はもうすぐそこだし、充分体を休めてね。ご苦労さまでした」
「ありがとうございます。」若い男は、苦い笑みを返した。
多分、かれらの報酬は少ないだろう。とても新たな武器を買ったりはできまい。ガウェインは、同情心を覚えつつその場を去った。
剣士としての人生を歩むように予言されても、全てが優秀な剣士になれるわけではない、素質があっても努力は必要だ。何度も何度も痛い目を繰り返し、生き残り、そしてようやく周りから羨望の眼差しを得ることになるのだ。
私も、どれほど敗退を経験したことか・・・
ガウェインは、暑い日射しを感じながら町へと足早に向った。余りの暑さで水筒の水を飲み干してしまったので、要所要所に設置されている公共井戸から水を汲んで、水筒に詰めた。冷たい地下水だ。
この町は周囲を山に囲まれた広い盆地であるので、伏流水が豊富に湧き出るのだ。しかし、山が近い分魔獣との遭遇も多い、特に緩衝地帯に乏しい新開拓地では、常時多くの魔獣による驚異に晒される。
汗をかきながら宿に戻っても、同室のタルティウは未だ戻って居なかった。彼女は、汗だくになった衣類を脱ぐと手ぬぐいで体を拭き、薄い生地の服に着替えた。
それから汗で濡れた服を持って宿の中庭にでると、服を井戸の脇に置き、常備してある木のたらいに綿の袋に入っているムクロジの実を入れて泡立てると、それに衣類を入れてゴシゴシともみ洗いをした。
そしてかるく漱ぐと中庭にある物干しに服を吊して、ふうとため息を付いた。こんなに暑いなら、いっそ早く氷の青龍が居るという洞窟に入ってみたいものだと、ふと思った。氷と名がつくだけにきっと涼しいのだろうな。
そして竜が、その涼しいところで気持ち良く過ごしていることを想像すると、竜がとても憎たらしい存在に思えた。




