ルギド・ロイ髪を剃る
ルギドは、理髪店に居た。頭には短い髪がわずかに伸びているだけだ。それにも関わらず、彼はそれがどこか不快に思える。それは、狩りの日が近づくともっと衝動的なものとなる。それは髪に留まらず、体毛の全てにおよび、彼は女性達がさっさと宿を出てから、宿の中庭で、自分の体毛をことごとくそり落としていた。
「剃るのですか?」店主は、あきれたように椅子にどっしりと座ったルギドに確認した。
「ああ、つるつるになるくらい剃ってくれ」ルギドは、自分のざらざらとする頭を撫でてみせた。
「分りました。」と店主は、剃刀をテーブルから取り上げると、皮でその刃を研いだ。しゅっしゅっと小気味よい音がリズミカルにルギドの耳に入った。
その音が止むと、どろりとした液体が頭に掛けられた。それが顔に垂れる前に、店主が丁寧に頭全体に広げてゆく。
「頭に塗っているのはなんだい?」ふとルギドは気になって訊いてみた。
「ファノンリという海藻を煮出したものですよ」店主の声はハキハキとしている。
「こんな山の中の町で海藻?」
「旦那、今は街道も整備されましたから、海藻だって乾かした物くらい届きますよ。それに山のハーブも混ぜていますから、少しはすっきりするでしょ」
「ああ、確かに、なんかスースーして気持ちいいな」
「では、そり始めますよ。動かないようにお願いします。」
刃が、頭に当てられるのを感じた。それが滑るように頭皮の上を移動してゆく、なまくらな刃だとこうはいかない、必ずどこかで毛に引っかかってしまう。
剃刀の感触を目をつむりながら追っていると、ふと眠気が湧いてきた。それにどんどん引き込まれそうになり、あまりにも耐えがたい欲求であったので。思わず口を開いて、それを払拭した。
「良い腕だな、こんな心地良いそり具合は初めてだ」
「ありがとうございます。きっと剃刀が良いのでしょう」
「いや、どんなに良い道具を持っていても、腕が伴わないと、こう気持ち良くはならない。予言された人生と、ご主人の生き方が余程相性がよかったのだろう」
「本当を言うと、私は理容師として生きるように予言されていませんので」
「なんだって?」ルギドが思わず振り向いたので、主人はあわてて剃刀を上に上げた。
「お客さん、動かないようにお願いします。怪我をするところでしたよ」主人は、諭す様に言った。
「どうして、決められたままに生きようとしない」ルギドは、今まで腕が良いと褒めていたのを取り消したい思いにかられた。むしろ、蛇蝎を見たような気持ちがわき上がってきた。
「無理だったのですよ、こんな盆地で生まれ育った私に、船乗りの生き方を薦められても・・・」主人は、再び刃物を頭に当てた。
「しかし・・・」とルギドは、言い返す言葉を探した。「体と心がいずれ諍いを始めるぞ」
「そうかも、しれません。でも今の自分は、こうしているほうがむしろしっくりしているのです。でも、報いはありました。」主人の手が止まった。「この店は、私の両親の店でもありました。だから船乗りになる運命であっても、物心ついてからというもの、私は店を幼いながら手伝っていたものです。だから私は、進路を決める年齢になっても、船乗りにならず、ここに居残りました。町の人々からは、抗い者として差別を受けましたよ。親は、私を海に送りだそうとしまたけど、結果、この町に居続けたせいで、親も後ろ指を指されていました。それが辛かったのでしょう、二人とも自害してしまいました。
でも、町にはここにしか理髪店しかないし、私も腕は上げたので、町の人々はようやく私を受け入れてくれました。」
「しかし、ろくな最期は迎えられないだろうな」
「見たこともない、地獄を恐れるより、自分を偽る方が、私には怖いのですよ」店主は、再び剃刀を頭に当てた。
「勇気があるというか、馬鹿というか」ルギドは、特に店主の人生に感心はしなかった、むしろ、天命に逆らうたわけものとしか感じ得なかった。そしてえもいわれぬ憎悪のようなものを感じた。
「ええ、馬鹿です」店主は言った、「でも、馬鹿を楽しんでいます」剃りが終わり、濡れた手ぬぐいで、ルギドの頭を綺麗に拭き始めた。
ルギドは、もう心地よいという感覚を覚えなくなっていた。それよりも、店主に自分の体の一部でさえ触れられたくないような感覚に変わっていた。
「もういい」思わず彼は、口走った。
「まだ、お髭とか残っていますけど?」店主は手を止め、手ぬぐいを室内の隅にあるバケツに投げ込んだ。
「髭は自分でやる。いくらだ」ルギドは、椅子から立ち上がった。
「銅1枚になります」店主が言うと、ルギドは腰の袋から、銅貨を一枚取り出すと、指ではじいて店主に向って飛ばした。
店主は、両手で丁寧にそれを受け取り、彼は理髪店を後にした。太陽が憎らしげに思えた。
くそ暑いが、槍でも振りにでるか・・・心にわだかまっている不快感を払拭するつもりで彼は、考えた。




