公認記録師の死
「ガイオスさん、夕飯を置きますね」フェル・ディアは、ガイオスという札が扉に掛っている部屋の前に食事が乗った盆を置き、その上には虫が食事に付かないように細かい網でできた深い傘状の蠅帳を被せた。
「フェルか・・・仕事が入ったって?」しわがれた声が扉の向こうから聞こえた。
「ええ、氷の青龍です」フェルは、答えた。
暫く、沈黙の時間が流れた後で
「死ぬなよ・・・」と応えが帰ってきた。
「狩人は黄金級の方々ですから、きっと大丈夫でしょう」
「そうか、それなら大丈夫かもな」声は弱々しい、そして再び沈黙、もう声は帰ってこないだろうと、その場を離れようとしたところで、声が聞こえた。
「おれはもう引退しようと思うよ。沢山の勇気ある狩人達の死を見過ぎて。それが瞼の裏にやきついて取れないんだ。寝ても、覚めても、奴らの最期の断末魔の姿と声が蘇るんだよ。」ふうというため息「そこに未だ居るのかい」
「はい」
「ありがとうな、つまらない話を聞いてくれて。でも・・・そればかりじゃない、怖いんだ。いや狩りで死ぬ恐怖じゃあない、俺の心が死んでゆくのが分るんだよ。狩りで同じ仲間として行動しても、俺たちはクズ扱いだし、どこに居ても無視される。それを我慢して、我慢していると、自分が生きているのか死んでいるのかが、分らなくなる。心がひんやりとしてくるんだ。そしてどんな奴らだろうと、俺は見ているだけで、最期まで仲間にはなれない」
「分ります」
「だよな、お前も同業者だものな。狩人達には勇気がある。鍛冶屋も新しい武器を作ることに勇気がある、魔法具屋は好奇心を満たす勇気がある。デヒティネも毎日毎日初めて会うやつらと笑みをみせて対応する勇気がある。俺たちには、どんな勇気があるんだろう」
「耐える勇気だけでしょうね」
「それって勇気か?何も生み出さないのに」扉の向こうの声は笑っていた。
「でも、それしか出来ないですから」
「そうだな、全くそうだ」
「私達、記録師は、常にただ居るだけが仕事です。何も壊さない、何も生まない。何も変えない」
「フェル、お前は強いな」
「どうしてです?」
「自分のあるべき姿を受け入れているからだ。俺は、未だに記録師としての自分を受け入れることができないでいる」
「しかし、それは天命師によって決められたことです。受け入れられない筈はないです」
「でもな。時々思うよ、俺の両親は俺が生まれた時刻や場所を正確に記録して、天命師に伝えなかったのではないかとね」
「いえ、あなたは優れた記録師です。」
「そうか、そう思ってくれるか・・・ありがとうフェル、行っていいよ。俺の愚痴を聞いてくれてありがとう」
「いえ、どういたしまして」
翌朝、フェルが食器を下げにガイオスの部屋の前に立ち、そっと食器の上に掛った蠅帳をそっと持ち上げると、食事は手つかずのままであり、一夜を越したそれらは、腐臭がただよい初めていた。
フェルは、眉間に皺をよせ、蠅帳を元の位置に戻すと。扉をノックしてから、「ガイオスさん?」と声をかけてそっとあけた。
彼は、ガイオスの部屋の入り口に立ったまま悲しい表情を浮かべ、やがて床に崩れるようにして膝をつき、嗚咽を漏らしながら、瞼を力強くつぶった、しかしそれでもとめどもなく涙が溢れ出た。
部屋では天井から吊した紐に、首からぶら下がったガイオスの姿がゆれていた。




