鍛冶屋にて
タルティウは、鍛冶屋に居た。分厚い一枚板のテーブルに腰に帯びていた剣を鞘ごと置いていた。
鍛冶屋は、見るからにその職業に相応しいような面構えをしていた。鉄槌を振るう太い腕、刀の善し悪しを見分ける鷹のような鋭い目。一日の大半を刀剣と過ごすためか、そもそも不精なのか、顔の下半分を覆う、無精髭。
鍛冶屋は、テーブルの上の剣を抜き、剣を切っ先から柄までしっかり時間を掛けて見ていた。
「名刀ゲイ・ボルグ、こんなものを良くまあ、使いこなしますね。」鍛冶屋は、刀身上に巻き付くように描かれた古代文字をじっとみつけた。「しかも、これほどまでに多くの呪文をまとわりつかせるとは」
「さらなる刻印をお願いしたい」タルティウは、テーブルに両手を付き、体を前にのめらせて鍛冶屋の顔をにらみつけるようにした。
「これ以上に何を?」鍛冶屋は、彼女の振るまいを無視するかのように、剣を鞘に戻した。
「最強の炎、ボルケーノの刻印を追加して欲しい」
「剣が持ちますかな?」鍛冶屋は、自信無さそうに答えた。「たしかに名刀ではあるが、すでにこれだけの刻印を打たれては、果たしてどうか」
「これを手に入れる前、ゲイ・ボルグはまさに刀身全てに刻印が刻まれていたという、後に剣が打ち直された時に、一度全ての刻印が消されたと聞いている。まだ追加できる筈だ。」
「折れるかもしれませんぜ、シルシルバのタルティウさん。折れたら代わりになる名剣はこの街にはありませんよ」
「名剣ではないが、壁にあるあの剣、デボテイオじゃあないか?折れたら、あれを買おう」タルティウは、壁にある黒い刀身の剣を指した。
「あれは、妖刀だ。強力だが寿命が縮むよ」
「剣士はどんな剣でも命を預けているようなものさ」タルティウは、ふんと鼻で笑った。「やってくれないのかい?」
「銀20枚」鍛冶屋は、低い声で言った。
「ぼるなあ」タルティウは、腰につけた袋を外し、そこから銀貨を取り出しテーブルに置いた、
「持っているのかよ」鍛冶屋は思わずため息をついた。
「狩りの前金をもらったばかりでね」
「よほど大物を狙うらしいな」鍛冶屋は、銀貨を上から掴み取った。「しかし、剣が持たなくても弁償はできないからな」
「氷の青龍」タルティウは、小声で言った。「そういえば、私が頼む理由は納得するだろ?」
「そうか、大物だ。前に奴を狩りに行った狩人も、剣にボルケーノの刻印をつけたが、戻ってこなかった」
「そうか、しかしそいつは黄金級の剣士ではないだろ」
「そうだ。そうかあんたは黄金級だったか。じゃあ剣は預かっておく」
「明日には、受け取りたいができるか?あと刻印を見せて欲しい」
鍛冶屋は、彼女に背を向けると、腰に下げた鍵を壁際にある金庫に差し込んだ。
重い音がして、金庫の扉が開くと、中から小さい鍵付きの箱を取りだして、それをテーブルの上に置き、別の鍵をその箱の鍵穴に差し込んだ。
蓋をあけると、中には白銀の小さいプレートが一枚入っていた。プレートには、見たことのない文字が刻まれていた。
「ボルケーノの印だ」鍛冶屋は、それを指で摘まみだして、彼女の目の前に差し出した。
「こいつを、お前のゲイ・ボルグに焼き付け、そして叩きながら同化させる。普通の技ではできない技術だ。一日で出来ると思うか、ただでさえ炎の印だというのに」
「なら、何時できる。」
「早くて、明後日の夕だな。しかも、明日、明後日は店を閉めないとならなくなる。丸二日あんたの剣を叩き続ける事になる」
「分った、それで手を打とう」そうしてさらに銀貨を3枚テーブルに置いた。「店を閉める迷惑料だ」
「ほう、ありがたいね。」鍛冶屋は、笑みを浮かべると、壁に立てかけてある一振りの剣を両手で持ち上げると、テーブルにどすんと置いた。「預かっている間の、代わりに剣にしてくれ、重いだけにいい訓練もできるぞ、ボルケーノを焼き入れてしまうと、今の剣もかなり重くなるからな。」
タルティウは、その剣の柄を掴むと、さやごと持ち上げた。
「確かにクソ重たい」
「えらい力だな」鍛冶屋は、目をまるくして言った。「女だろ?」
「ああ、生まれた時はね、剣の修行ばかりしていたら、体の方は女であることを忘れてしまったようだがね」タルティウは、剣を抜いて鞘を机に置くと、柄を両手で握り正眼に構えてみた。「いいだろう、暫くの間借りておく」そして鞘に戻すと、鞘についている紐を肩から腰へと斜に掛け、背に剣を背負った。
「様になっているぜ」鍛冶屋はにやりと笑った。「そっちの方が、強く見える」
「試し切りに魔獣の出没する処はないかな」
「ないない、街の周囲はほぼ安全地帯だからな、せいぜい街を出たところにある牧場で、素振りでもすることだ」
「では、そうしてみよう」タルティウは、鍛冶屋に背を向けると、扉に向って歩いて行った。
「まいど」と鍛冶屋の声が開けた扉から入ってきた風にかき消された。
鍛冶屋は、店から出ると、扉に「作業中に付き、ご用のある方は鍛冶場まで」と書かれた札をぶら下げ、店内に戻ると。しばらくタルティウが置いて行った剣を真剣な眼差しで眺めていた。
タルティウは、風を浴びながら、街の外れにゆき、街全体を取り囲む腰までの低い石積みを軽々と乗り越えて外に出て行った。
そこには、牧場や畑が広がっていた。牧場の周囲は、木の柵で囲われており、その中で牛が牧草を食んでいた。畑には縦横に細い道が通っており、それによって所有者の区画となっているように見えた。どの畑も、長く伸びた青々をした長い葉を風にたなびかせていた。
剣を振るのに良い場所でもないものかと、風に吹かれながらふらふらと彼女は歩き回った挙げ句、静かで、人目も少なくそこそこ広い場所をようやく見つけた。
石積みの小屋と、山と積まれた動物の骨。多分、屠殺場なのだろう。周囲には夏に相応しいような、暑苦しそうな赤い花が咲き誇っていた。
そこで彼女は、剣を抜き柄を両手で持って、大剣を何度も振り上げては風を切った。暑さの中で、彼女はたちまち汗まみれになりつつも、素振りを止めることもしなかった。




