魔法具屋にて
クー・ロイは、魔法師の身分を示すガウンをはためかせて裏通りから裏通りへと、巡っていた。人々の生活とは縁遠い、魔術に関わる怪しげな道具を扱う店は、人通りの多い道路沿いにはないからだ。しかも、多くは看板さえ出していないか、表向きは一般の道具屋を商っているようにみせて、裏で魔法具を扱っている事もある。
しかし、魔法師達はどこに必要な店が有るかを知る術は、長い修練の中で自然と覚えてきた。そもそも彼らが常日頃に扱う品物や薬には、彼らだけにしか感じられない独特の波動がある。そういうものが沢山あれば、当然店からは強い波動が感じられる。
彼もまた、感覚を研ぎ澄ましながらその波動を発している中心を見つけようとしていた。そして、辛うじて人がすれ違えるような、細い路地にその店の扉を見つけた。黒い扉には、魔法師達が所属する王立魔法学会の十字と×を重ね合わせたような印が単なる飾りの様に、付けられていた。
中に入ると、薄暗い中に蝋燭の炎が揺らめき、奥の方からごそりと人の動く気配がした。外の暑さに対して妙な涼しさがが足下に淀んでいる。
「いらっしゃいませ」と店の雰囲気とは異なる若い声が、ゆるやかに彼の耳に流れ込んだ。そして灯りの届かない奥の方から、白い顔が浮かびあがり、やがて闇が凝結して徐々に灯りに照らされるかのように、黒い服に身を包んだ者が現れた。
額には、扉の紋と同じ図形が入れ墨で彫られている。同じ文様は、クーの額にもある。しかし、修行を経るに従い魔法具を作るものと、それを使うものに分かれてゆくのだ。
「なにか、ご入り用ですか?」顔が近づいて来たが、声の主が、男か女かは不明だった。魔法師は時に自身の性を変えることがあった。それは、魔法具を作る者においても同様であった。
「戦士用と魔法師用の回復薬が欲しい」彼は、店の者に向って言った。
「戦士と魔法師のレベルはどれくらいですか?」
「全員、黄金級だ。」
「相手は?」
「氷の青龍」
店の者は、目をつむった。そして暫く瞑想するかのように、じっとしたが、やがて目を開いた、
「まだ、だれもあれの討伐の成功はしていませんね。ひとり3本は持ってゆくべきでしょう。かなり強い薬になりますので、3本以上の服用は逆に体へのダメージとなります」
「では、戦士用に9本、魔法師用に3本」
「ありがとうございます。あとは、なにか?」
「杖を見て欲しい。だいぶ使い込んでしまった」とクーは、短い杖を差し出した。
店主は、それを丁寧に受け取ると、灯りの傍に行きじっとそれを見つめた。店主の瞳が縦に細くなった。クーはそれを面白い瞳だと思った。
「かなり痛んでますね。あなたの力に耐えられないようだ。」店主は、杖をクーに返した。「お買い求めに成られますか?それとも修理します?」
「新しいものが欲しい。できれば炎の力を発揮するものを」クーは、杖を腰のベルトに挿した。
「黄金級の方に相応しいものが、いくつかあります。すこしお待ちを」と言うと、店主は、彼に背を向けて闇の中に溶け込んでいった。その闇の中では、ごそごそと探す音が、クーの耳に届いた。
やがて、店主は3つの木の箱を持ってきた。いずれも埃をまとっている。それを色々な道具が乗っている棚の上に置くと、ひとつの蓋を開けて中の杖を取り出してクーに差し出した。白い象牙質の細い棒に青と赤の模様がらせん状に巻き付いていた。
「イグニスの杖になります、火炎魔法の出力は弱めですが、持続力があります。」
クーはそれをうけとると、目をつぶり自分の気を注ぎ込んだ。
「パワー不足な気がするな」と店主にそれを返した。「今回の相手ではどうだか」
店主は、杖を箱に戻すと、別の箱から黒い杖を取り出した、赤い直線的な模様が手元から先端に向って描いてある。
「アルデンス モンテ。強力な火炎攻撃を出すことができます。術者の能力に応じたバランスが取れた品物になります」
クーは、頷いてそれを手にした。かすかに重みを感じる。気を注ぐとまるで、自分の指先の一部のような感触を感じた。
「かなりいいな。」と店主にそれを返すと、まだ手にしていない箱を指した。「それも試させてくれないかな?」
店主は、頷くと。杖を箱に戻し、最期の箱から同様に黒い素地の杖を取り出した。やはり赤い模様が描かれているが、手元は真っ赤であり、そこから炎の模様が先端に向って描かれている。
「エルピテオ。危険な杖ですが、もっとも威力があります。アクセラレータを内蔵しているため魔力を増幅しますが、一度発動すると、あなたの意に関係なく気を吸い上げてきます。よほど魔力を蓄えている方でないと、杖に全ての気を吸われ死ぬことさえあります」
クーが、その杖を持つと、ずっしりとした重みを感じた。そして自分から気を杖に注がなくても、杖が彼の気を欲しがっているのがよく分った。その杖の意思が、彼に伝わってくる。全ても燃やし尽くしたい怨念のようなもの、それが自分の意識を乗っ取りに来る。
「妖杖だな・・・話には聞いた事があるが、実在するとは」ため息をついて、彼は杖を店主に返した。
「アルデンス モンテで宜しいでしょうか?」店主は、最期の杖を箱に仕舞いながら言った。
「いや、エルピテオにする」クーは、ゆっくりと答えた。
「大丈夫ですか?」不安そうに、店主はクーを見た。
クーは頷いた、「今回ばかりは、それ相応の覚悟が必要だろう」
「わかりました、くれぐれもご注意を、エルピテオはかつて術者と共に暴走し、一つの街を塵芥に帰してしまった事があります」店主は、エルピテオが入った箱をクーに差し出した。
「ラバの街の悲劇か・・・あの無惨な遺跡は見たことがある。その時の杖がこれだと?」クーはそれを受け取った。
「いえ、同じものではありません。伝説によれば、術者とともに喪われたとされていますから、これはあくまでも、同じ製法で作られたものです」
「ほう、製法が記録されていたのか」
「はい、当時、この魔法師に付き添っていた、記録師が生き残り。製法や魔獣との戦いの末暴走したことまで、記録していましたので」
「なるほど、そういうことか。では、支払いをしようか、幾らになるかな」
「お薬は、各銀2枚ですので、銀24枚。杖は・・・差し上げましょう」
「は?これほどの杖を?」
「私の趣味で作ったものですし、でももし狩りが成功した時には、50枚いただけると嬉しいです。」
「後払いということだな。まぁいいだろう」クーは腰帯にくくりつけていた、袋を外すした。
「ここは暗いので、よかったら奥の方でお茶でも飲みながら、お支払いしませんか?」
「奥の方が暗そうだが?」
「はは・・・そういう風に見せているだけですよ。どうぞこちらへ」と店主は小さい笑い声を立てて、奥へクーを誘った。店主の行動に、訝しさを覚え、クーは、袋を再び腰帯にむすび、片手にエルピテオが入った箱を、もう片方の手には、自分の杖を握りしめて、店主に従った。
奥には、黒く厚いカーテンが幾重にも垂れ下がっていた。これでは奥が真っ暗に見えるのも道理だと、クーは思った。やがてカーテンの隙間から陽光がもれ、その向こうに行くと明るい質素な部屋があった。天上にある明かり取り用の窓からは、陽光が差し込んでいるのだった。
中央には、丸いテーブルが置かれ、そこには椅子が2脚あった。店主は、入り口に近い椅子を彼に勧め、自分は壁際にある、棚を兼ねた小さいテーブルの前に立った。
店主は、棚から小さい壺を取り出すと、白い磁器のティーポットにそれを入れてから、やはり白い磁器の水差しからそれに水を注いだ。
「水出しなので、多少時間が掛りますが、少しお待ちを」店主は、クーの前の椅子に静かに腰を下ろした。目は暗がりでも分ったが、瞳は縦長であり。明かりのせいかさらに瞳は細くなっていた。クーは、その目が気になった。
「目が気になりますか?まぁ、普通そうですよね」店主は、右手で後ろ頭を掻きながら言った。「若気のいたりというか、私も魔法師ですから、ちょっと実験をして猫の目と同じ機能を持つ目に改変させてしまいましてね。元に戻せなくなってしまい、こんな有様です」
「魔法治療師なら、戻せるのじゃないかな?」クーは、そんな事当然とばかりに言った。
「ええ、まぁそうなのですけどね。案外この目が自分で気に入っているんです。人とは違うけど、自分らしいというか、自分の個性みたいでね。」
「そんなものかね」クーは、魔法師には変わり者が多く居るのは知っていたが、自分の体を作り替えてしまった者は初めて見た。「差別されないかね?獣人とか言われて」
「この街の人はおおかた慣れてくれました、一部からは未だに嫌われているようですけど、まぁ、仕方ないです。自分で好きにこうしているのですから。それより、師は黄金級とのことですけど、何か面白い魔法具の話とかありませんか?」店主は好奇心を漲らせて訊いた。
「まぁ、確かに階級はそうだが、それほど方々巡っているわけではないよ。これを見て私が相当な歳だと思ったかな」クーは自分の手を前に差し出した。細く皺だらけで節くれ立った老人の手だ。
「違うのですか?」店主は、軽く頭を斜めにした。
「ああ」とクーはフードを取った。真っ白な頭髪、真っ白な眉、額も目尻も皺だらけで頬はこけ、ほうれい線がくっきりと刻み込まれ、鼻と唇の間には縦皺が何本も走っている。
「こんなありさまだが、30歳になって間もない」
「それほどまでにして・・・」店主は、あっけにとられた。
「気力も体力も充実しているのだけどね、入れ物が経たってしまった。多分、今回の狩りが最期になるだろう」クーはフードを再び被った。「多分素養以上に、身を削ってしまったようだ。銀級あたりで昇進を諦めるべきだったよ」
「・・・氷の青龍の狩りの成功をお祈りします」店主は、返答に困ったようだった。かるく頭を下げ、席を立って先ほど淹れた水出しのお茶をカップに注いで、席に戻った。
「冷たいな・・・」クーは、カップの中身を飲んだ。「外の暑さを忘れそうだ」
「魔法ポットと言ってます」店主は、後ろのティーポットを振り向いた。「夏は冷たく、冬は温めてくれます。」
「隠居することになったら、作り方を教わりにきてもいいかな」
「どうぞ、黄金級の方なら直ぐに作れると思いますよ」
「ありがとう、それより精算をしないとね」クーは、腰紐についた袋をテーブルに置いた。
「少々お待ちを薬を持ってまいります」店主は、立ち上がると店の方に向った。
心地よい・・・クーは、一時の安らぎを得たような気がした。外の暑さ、そして強風。体にまとわりつく砂塵。その現実が、この部屋からは遠いところにあるような気がした。冷たい茶が、さらに神経を落ち着けてくれる。その茶の成分に一切悪いものがないことは、体の中で蠢く五臓六腑に神経を向けるととで、それらがより元気になっていることからも感じ取れる。見た目に比べて、かなり優秀な魔法師なのだな。彼は、静かな部屋の中でしばらく一人でいた。
やがて、店主が小ぶりな木の箱をがちゃがちゃと音を立てながら入ってきた。それをテーブルに置くと。中に12本の小さい茶色の瓶が並んでいた。どれもコルクで栓をしてある。それらはコルクの周りを流れるよう蝋でさらに封印され、蝋の色は3本は赤く、残りは青い色になっていた。
「赤が私で、青が闘士たち用ですね」クーは、瓶を上からのぞき込んだ。
「はい、そうです。何か袋に入れましょうか」
「いや、いい。マントにポケットがある。24枚だったね」とクーがテーブルの上に出してある袋から銀貨を24枚取りだして、10枚づつ重ねたものと、4枚を重ねたものを店主の方に押しやった。
店主は、それをそのままにして席をたつと、丁寧に礼をした。「ありがとうございます。」
クーは、マントを左右にはだけると、裏地のあちこちにある、小さな薬用ポケットに全ての薬瓶を入れてしまった。「次に来る時には、杖の代金を払おう」とマントを再び前で閉じた。
「私も、それを期待しています」店主は、右手を差し出した、「ご武運を」
クーはそれに応えて握手を交わした。
暗い店内を通り、再び外にでると、クーは暑さと強風の現実に戻された。振り向きもせずに裏の路地を去って行った。




